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郷愁の念もすっかり消え去ってしまった。まぁ柄にもないので、それで良かったのだが。
窓枠に肘をついて、にこにこし乍らずっと頬を揉み続ける伊吹さん。飽きないのだろうか。
仕方がないので、頬を揉まれた侭で次の団子を食む。
「……Aちゃん」
「何れす」
しゃんとした冷たい風が、髪を撫でた。
「好き」
「……いま、言います?」
「ん。言いたくなっただーけ」
そう言って笑う伊吹さん。
頬に伸ばされた侭の手のひらに、そっと自分の手を添えた。
「……私もすき」
「えっ、何なにAちゃん。もっかい言って??」
小さく呟くと、満面の笑みで詰め寄ってきた。
絶対聞こえてた癖に、と私はまた団子を食べる。
「もう言わないです」
「お願いお願い! 一回だけ!」
「……あ、隠れちゃった」
月が薄い雲に覆われて仕舞った。
視線を横に滑らせる。月の西側にはそれより厚い雲が連なっていた。この調子では多分、今日はもう月を見られないだろう。
しゅん……とあからさまに落胆して仕舞う。
月光は雲を通して、少しだけ柔らかいものになっていた。
「今日はお開きですかね」
「えー、また見えるかもだろ〜?」
「だと良いんですけど」
しょんぼりしたまま団子を頬張る。
いつの間にか頬を摘まんでいた手のひらは離れていた。
ぽん、と頭に手を乗せられる。優しく撫でられた。
「ねー、Aちゃん。来年も一緒に見ような」
伊吹さんが、そう呟く。
しんみりした声で言うから、ちょっとだけおかしい。
ふふ、と笑った。
「……当たり前です。ばーか」
えい、と、伊吹さんに軽く体当たりした。
雲の隙間から、月がまた見え始める。
「ふふ、Aちゃん俺のこと大好きじゃーん♡」
揶揄するように頭をくしゃくしゃと撫でられた。
頬が綻ぶのは隠さないでいる。
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作者名:我 | 作成日時:2020年9月6日 19時