＃６０２ ページ16
『皆様、当機は成田空港に到着致しました』
そんな機内放送に漸く目を覚まし、ぐっと座ったまま腕を伸ばして欠伸をひとつ。
どうやら意識のないうちに着陸し終わっていたらしい。
半日もかかる長旅にも漸く終わりが見えた。
今の時刻は真夜中過ぎくらいなのに寝てしまったし、時差ボケは暫く続くかもしれない。
荷物を回収して再び出てきた欠伸を噛み殺しながら、きょろきょろと視線を彷徨わせて人を探す。
「姉ちゃん」
向いていた方向とは逆から声をかけられ、振り返ってその声の主を確認する。
「久し振り、悠哉」
「うん、久し振り」
お互い忙しく、この数年間顔を合わせて会った事は無いほどだった。
私は高校を卒業してからは、高校のOBのツテを使い都内のフランス菓子店で修行をし、21の時に全国洋菓子技術コンクールで優勝を果たした。
その後すぐパリへ行き、大会で勝つまでは帰らないと一度も日本に帰国する事なく修行を積んだ。
父と母は年に一度程度ではあれど様子を見にパリまで来てくれたが、兄と弟とは通話をするくらいで本当に会う事は無かった。
そして漸く25になってコンクール・シャルル・プルーストで優勝をもぎ取り、こうして今日日本に帰ってきたのだ。
「迎えに来るの俺でよかったの？」
「んー……業の事言ってるなら、アイツ最近忙しいみたいだし。
夜中に呼び出す訳にもいかないよ」
「それでも来てくれると思うんだけどなあ」
「だからだよ」
静かな空港にキャリーケースを引く音が響くのを聞きながら歩きだし、久々の会話をする。
最後に会ったのはパリへ行く4年も前な為、当時悠哉はまだ学生だ。
それが今は社会人。
すっかり大人だなあとおばさんじみた気持ちになる。
「咲哉兄ちゃんは？」
「今頃、病院で寝てるんじゃない？
姉ちゃんを迎えに行きたがってたけど、患者が急変したって急いで出てった」
「……立派にお医者様やってんね」
そうか……あの日から10年も経つんだ。
地球から見える月はもう、元の姿を取り戻していた。
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作者名：聖泉りか | 作成日時：2018年4月7日 16時
