第72話 賢者 ページ26
木に乗った状態で、かなり高いところから飛び降りる。
恵が花御を斬りつけるのを見て、俺は落下の勢いのままかかと落とし。
すぐに右手で殴るが防がれ、それをブラフにして脇に回し蹴りを入れる。
「ははっ固すぎ…！」
『一切の躊躇が無いのですね』
攻撃を軽々防ぐ花御が、俺にだけ聞こえる声で言った。
「友達以前に敵だかんね…！！
よっ…と！」
思いの外固くて傷一つ付かなかった花御にもう一度蹴りを入れ、そのまま距離を取り恵の方へ後退する。
「華御先生！！」
「悟はもう知ってる。でも“帳”に入れない」
この場にいるのは恵、棘、憲紀。
棘は呪言を使ったのか、少し苦しそうな表情を浮かべている。特級なんて格上の相手に使うのは棘自身が危ない筈だ。
情けないが戦っても勝ち目はない。
『やめなさい、愚かな
その瞬間、花御の声が俺達の頭に響いた。
音では理解出来ないのに意味は分かる。
恵が頭を押さえた。
『私はただ、この星を守りたいだけだ』
三人は初めて聞く花御の声に、顔を歪めて困惑している様子。
花御はそんな学生を気にも留めない。
「呪いの戯言だ、耳を貸すな！」
「低級呪霊のソレとはレベルが違いますよ」
俺は近くにいた後衛向けの棘を押し、花御から少し遠ざけさせる。
『森も海も空も、もう我慢ならぬと泣いています。これ以上人間との共存は不可能です』
(もしかして真人が言っていた、花御の戦う目的ってやつ？)
花御は上を向き、憂いに満ちた表情を浮かべる(多分)。
『星に優しい人間がいることは、彼らも知っています。
しかしその慈愛がどれだけの足しになろうか』
三人とも緊迫した表情で花御を見る。
『彼らはただ“時間”を欲している』
「独自の言語体系を確立してるんだ…！」
『“時間”さえあれば…星はまた青く輝く』
腕を広げる花御の後ろから何本もの太い樹木が生える。
「すじこ、明太子…」
三那人と同じ術式じゃないか、と棘は言う。
全くもってその通りだ。
『人間のいない時間』
花御の呪力が濃くなった。
『死して賢者となりなさい』
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作者名：翡翠 | 作成日時：2021年5月14日 22時
