【d!】蠱毒と女 (ページ1)

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女は走った。この地獄から抜け出せるものは女しかいなかった。
艶かしい足を伝う汗と、鮮血がその白魚のような肌を一層際立たせていた。

足は泥に塗れ(まみ)、変色した血がベッタリとこびりついた麻袋が女にとっては邪魔でしかない。それでも脱ぎ捨てていかなかったのはまだ女としての自覚があったからであろうか。

鮮やかな赤髪は、今や砂と血で固まってしまって以前の美しさの面影は見当たらない。

「あぁ、……っ！…あぁっ、…あぁ！！」

__神は、人間を裏切ったのだ。
真摯に信仰すれば、私たち信仰者が窮地に陥った際に救いの手を差し伸べてくれると、そう幼き頃から教わって生きてきた。

供物を捧げ、祈りを捧げた。神を信じ、良い行いをすることが、自身の"幸福"に繋がると信じていたからだ。

だがどうしたことだろう！
神が私たちに与えた恩恵は、"幸福"などではなかった！

この時、女は天涯孤独の身として生まれ変わった。
父や母、女以外の兄妹、村の人間全てを虫のように扱われ、生贄として捧げられる最中、女だけが生き残った。

冷たくなった死体の中に女は居たのだ。死体独特の甘い匂い。鉄の匂い。排泄の匂い。その中に身を隠した。

母と、父の死に顔が目の前にあった。声を押し殺し、溢れる涙を抑えきれなかった。
女の心は、一晩で容易くも壊れていった。村の者の悲鳴も、呻きも全てが脳に焼き付いて、忘れることなど出来るはずもなく。

あぁ、神よと、そう縋りたくなる。女は泣き腫らした赤い目を見開いて、鬱蒼とした、生まれ故郷から遠く離れた森を走った。今は月の導きだけが頼りで、他に縋るものは何も無い。

この血に濡れた身体を、毒に蝕まれる身体を全て投げ出して、みんなの場所に行きたかった。

しかし、神に見放された私を誰が救うのか。神にさえ見捨てられているのに、他人が救ってくれるはずがないのに！

あぁ、主よ！何故貴方は私たちを見捨てたのか！

…怒りが鎮まることを知らず、我が心臓に杭として残るロザリオは、信仰心を捨てた私をいつか慈悲の心で殺すでしょう。

否、そうでなくては！

私が罪を犯す前に、主よ！あぁ、主よ！

森に潜む獣が振り返るが、すぐに顔を背けて立ち去った。女の身体が、"人"ではなくなったからだ。

赤髪の女は森を駆けた。

寒月の、夜だった。

蠱毒と女

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