＃197．とある白担の推し歴 II ページ25
*
───あれ……？Aちゃん？
都内某所。嫌々ながらも塾へと向かっていた私の平凡な一日が、一気に光り輝いたのを鮮明に覚えている。
信号待ちでふと辺りを見回したときに見つけたAちゃんらしき人。いや、あれは本人だと私の勘が言った。
ほんの数メートル先の距離に推し(この当時は推しなんて言葉はなかったが…)がいると知り胸が高鳴ると同時に、幼心に理性が働いた。話しかけてはいけないと。
せめて、見るだけ。見るだけは許してほしい。
そんな思いで、目に焼き付けるかのように彼女の姿を熟視していた時、それはまたも突然訪れた。
『………いつもライブに来てくれてるよね？』
私の強すぎる視線を感じたのか、目が合った途端、彼女の方から話しかけてきてくれたのだ。しかも、その言葉がまるで私のことを知っているかのような口ぶりだったからこそ、驚きと戸惑いで喉が詰まった感覚になる。
「…っあ……えっ、と……」
『ごめんね、突然話しかけちゃって』
いえこちらこそガン見してごめんなさい。折角話しかけてもらえたのに言葉が出ない状況に、そこに誰もいなかったら一度自分をぶん殴ってたなと今になって思う。
『いつもありがとう』
「こっ、こちらこそッ！」
『ふふ』
少し上擦ってしまった声なんて、もう気にならなかった。あの瀬那Aが目の前にいて、あの瀬那Aと話していて、あの瀬那Aが自分のことを知っているなど、これ以上の奇跡が、この先起こるだろうか。いや起こらない。
赤から青へと変わった音を合図に、周りの音が耳へと入ってきた。それまで完全に彼女と二人きりであるかのようなそんな錯覚を起こしていた私は、現実に引き戻されたような感覚に陥る。
『じゃあ。また、ね』
「〜〜ッはい！また」
あぁ、アイドルだなって思った。小さい私に目を合わせて『またね』と囁くこの人はとことんアイドルだった。
当時は『また』があることへの嬉しさだけが心を支配していたけれど、今はそれがどういう意味を指すのかよく分かる。
彼女は特定のファンの話をしない。それは、こんな珍しいうちわを持った子がいただとか、ファンと遭遇しただとか、そういった類の話をしないということ。
ただ、『覚えてるよ』と言ってくれる。
その言葉が裏付けられた瞬間に立ち会えたのは、数百万人の内、何人いるだろうか。
───この幸せを一生忘れることはない。
*
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作者名：r | 作成日時：2024年2月3日 18時
