＃193．そばに ページ21
*
時は少し遡り、まだ年が明けて間もない頃。真礼がゲストとしてVS嵐に出演してくれた、その収録日。スケジュールを調整し、久しぶりに真礼と二人きりで過ごすことになっていた。
収録後、家へとやって来た彼女に─簡単にではあるけれど、元々下準備していた─手料理を振る舞い、ゆったり喋りながら、お酒を片手に寛ぐ。
「Aさん。今日、ありがとうございました」
『いえいえ、大したお構いもできず……』
「あっ、それもそうだけど、VS嵐のことで……」
『ああ、そっちか、…って私何もお礼言われることしてないよ』
「ううん。沢山フォローしてもらったし、」
『そう？まぁレギュラー番組だからね。でも私としてはゲストが友達の真礼で、しかも色んな話を考えてきてくれてたからやり易かったなぁって思ったけど』
「もうAさんはそうやってすぐ甘やかすから」
『そんなことないよ、本当』
なんだか、それまでの真礼の雰囲気とは異なるものを感じ、何かあるのかなぁと察する。顔は笑っているけれど、本心じゃあない感じ。
口調や声のトーン、表情、癖から目線まで。思わず、情報を読み取れそうなところが他にないか探ってしまう。
「………Aさんは、辞めたいって思ったことないんですか？」
『……それは、仕事をってこと？』
「はい」
『ん〜、少なくともデビューしてからはないかな』
「ごめんなさい、いきなり。でも、なんだろう、Aさんでもマイナスな感情になるときはないのかなと思って」
『ううん、……まぁ、限りなくマイナスに近い思考に陥りそうになることはあるよ』
「……そっかぁ、Aさんもそんなときあるんだ」
『うん。あるよ。いっぱい』
「そっか……うん、そうだよね」
どこか納得したように、強張った顔が少しホッと緩んだようにも見えた。何に悩んで、何に怯えているのか。それを明言するわけではなく、その具体的な対象があるのかさえ私にはわからないけれど、それでも、これだけは言いたい。
『ひとりじゃないから、ね』
この世界にいたら、特に敏感になる周りからの視線や言葉。だからこそ、身近にいてくれる人の存在は尊いもの。
『さ。今日泊まってくよね？お風呂沸かすから入っておいで』
「っ、はい」
もう温くなってしまったお酒をグイッと飲み干し、浴室へと向かう。そのときチラリと横目に捉えた彼女の表情は、私の胸をそっと撫で下ろした。
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作者名：r | 作成日時：2024年2月3日 18時
