＃70．矜持 ページ29
*
『ごめん、お待たせしました！』
「そんな待ってねぇから大丈夫」
『ありがと、さとくん』
肌寒い日が続き、冬を目前に迎えたこの日。あの想いを聞いてから何度目だろうか。さとくんと2人での食事に来ていた。仕事が長引き、約束の時間を少しだけ過ぎてしまったことを彼は快く許してくれる。
生でいい？という言葉に、うん、ありがとうとお礼を言いながら最近着始めた薄手のアウターを脱ぐ。
『さとくんもうすぐ誕生日やけど何が欲しい？』
「Aがくれるもんなら何でも嬉しいよ」
『そう？じゃあ色々考えとく』
何気ない会話の一つひとつに、もしかしたらこうした会話にも終わりが近いているのかもしれないと、急な寂寥感に襲われることが増えてきた。
私も考えたことがなかったと言えば嘘になる。このままずっと今までと同じようにグループ活動を続けていっていいのか。アイドルを辞めなくて良いのか。潮時とはいつなのか。自分で言うことではないのかもしれないが、勇退という手もあるのではないかと、頭をよぎったことはある。
だけど、その思考を自分で消化できないほどに想いが膨れ上がったなんてことはない。つまり、それだけ本気では考えてこなかったということだ。
『ねぇさとくん。私たちさ、結構頑張ってきたよね』
「うん頑張ったよ」
『でもね、正直言うと、……誰か一人でも抜けたら私は嵐としては居られんと思ってる』
誰も自分の想いが100罷り通るとは思っていない。だからこそ、互いが互いに思っていることを伝え合う期間をまさに今設けているだけ。そのきっかけをさとくんが作ってくれた。
いつか、絶対にいつの日かは考えなくてはならなかったグループの行く先についてを、最初にさとくんが想いを伝えてくれたおかげで、逃げずに今考えることができている。
「……Aはエイトとの兼任について辛くねぇんか？」
『自分のことだけで言うと辛くないよ。どっちも自分の居場所であってほしいし。でも、周りのみんなのことを考えると、……辛い。体はひとつしかないわけやから、思い通りに動けんときも多いし、みんなに色んな迷惑かけてきたし』
そんな私の言葉に「Aはすんげぇな」とさとくんは言う。比べるもんじゃないけど、私からすればさとくんの方がよっぽどすごいのに…と思うが、それを口にするのもどうかと思って噤んだ。
「Aはさ、おいらの誇りだよ」
そう言ったさとくんは静かに笑った。
*
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作者名：r | 作成日時：2023年4月29日 20時
