＃54．想定内 ページ12
*
目の前に白い天井が広がる。家の寝室とは違う景色にここがどこだか考えるが、ズキリと痛んだ頭のおかげで一部始終を思い出すことができた。
「A？」
『潤、ごめんね、ありがとう』
「目が覚めて良かった。先生呼ぶから…痛いところは？」
『頭が』
「ん。そっか、わかった。柏木さんも来てるから」
『ありがと……』
ナースコールで看護師さんに私が起きたことを伝えてくれた潤に、本当に申し訳なく感じる。巻き込んでしまったこと、迷惑をかけたこと、心配をかけたこと……ただ潤はラジオに出てくれただけなのに、こうなってしまったことにひたすら罪悪感を覚えていた。
お医者さんが来てくれて、頭と足は少し安静にしていたら大丈夫であるという言葉をもらった。7月上旬にはワクワク、中旬にはツアーが始まる。とりあえずそのイベントには間に合いそうで安堵し、入院も明日の夕方には帰れるということになったため、仕事への被害も少なくすみそうだった。
「A」
『柚ちゃん、ごめん、一応気をつけてたんやけど』
「うん、福山さんから聞いたけど、落とされたって」
『……そう、相手も分かってるし、監視カメラもあった。だけど、ことを荒立てたくはないから公表はしないで』
この言葉に反応したのは柚ちゃんではなく潤だった。
「は？お前それは……」
『今までにもあったの、こういうこと。それを一々取り上げてたらキリがないやろ？今回は仕事への影響も最小限だし』
女だから。女なのに。そういった理由での批判もとい中傷は数えきれないほどあった。その中でヒートアップした人が直接被害を加えてくるということも何件もあった。
最初はなんで私がと思ってしまっていたけれど、慣れとは怖いもので、いかにことを荒立てないかということばかり考えるようになってきた。
と言っても私も人間で、そもそもメンタルも強くない方だから落ち込みはするし、今もみんなに言っていないだけで2ヶ月に1回は半休をもらって心療内科に通っている。
私にとってそうしないとやっていけない世界だった。
「……メンバーの人には？言ってねえの？」
『言わなくていいものは言ってない』
「今回は？」
『言わない。明日の仕事も個人での振り入れやし大丈夫』
「そういう問題じゃねぇだろ…」
顔を歪ませた潤がため息をつく。潤にまた一つ、重い荷物を背負わせてしまった。考えたことはそれだけだった。
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作者名：r | 作成日時：2023年4月29日 20時
