#81 ページ7
.
〜梓side〜
久しぶりに家に呼ばれた。
合鍵を使って勝手に入ってきていいよ、と素っ気ないLINE。
鍵を横に回して、ドアを開けた。
『おじゃまします…？』
ひんやりとした廊下を歩く。いつもなら返ってくる声も、リビングの扉から出てくる姿も、今日は無かった。
ガチャ、とリビングのドアを開けて中に入る。
見渡してみると、こちらに背を向けたソファーに人の影。ふわふわとした黒髪だった。
呼びかけると、こちらに振り返った彼方。
その顔は悲しそうで。
慌てて近寄ると、腕が引っ張られて彼方の上に倒れこんだ。そのまま背中に腕が回され、抱きしめられる。
『ちょ、彼方。』
「そのまま。」
言葉を遮られた。喋らないでと目で言われ、向かい合ったまま膝の上に座らされる。
そして、私を抱きしめたままなにも言わない。
『どうしたの、』
「なんでもない」
『うそ。』
「ほんとだよ」
『じゃあ、どうして…』
" そんな悲しそうな顔をしているの。"
私がそう言うと、彼方はじっと私を見つめた。
「梓…」
『な、に…っん』
いつもの彼方からは考えられないような乱暴なキス。舌が入り込んで掻き乱される。
啄むように何度も繰り返されるキスに、息が苦しくなった。
『おかしいよ、今日の彼方。ねえ、ってば』
初めて、彼方を怖いと思った。
『っ彼方…！』
ぐい、と体を押し返すと、ハッとしたように彼方はごめんと呟いた。
ごめんね、ともう一度言われ、頭を撫でられた。
それ以上、彼方は何も言わなくて。
私もそれ以上心配の言葉をかけなかった。
溝ができたような気がした。
〜そらるside〜
無我夢中で目の前の梓に縋り付いて、自分が何をしているのか分からなかった。
ハッとした時、梓の目から涙が溢れそうになっていたのを見て後悔した。
『今日は甘えたかったの？』
エプロンを着けてキッチンに立った梓がそう聞いてきた。
俺自身も何をしたかったのか分からない部分があったけど、多分甘えたい気持ちもあったんだと思う。
そうかも、と返すと梓は微笑んだ。
いつもそう。梓は、俺が何をしても受け入れてくれた。笑顔で、優しく。
もし、俺が別れを告げたら……彼女は受け入れるのだろうか。
…分からない。
でも、大好きな梓の笑顔が、俺のせいで見れなくなるのは嫌だ。迷惑をかけるのだって、嫌。
梓の隣が俺じゃなくなってもいいから、梓がずっと笑顔でいてくれればいいから……
別れを告げよう
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 328人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「歌い手」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
