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笑顔を浮かべる楠さんを凝視してしまう。
『どうしてここに?』
「ちょっと友達と出かけてたらさ〜、ライブ会場があるって聞いて。来てみたら梓ちゃんがいた、みたいな?」
友達と指差した女性は楠さんの腕に自分の腕を絡めていて、友人には見えない。
"女誑し"。センラさんの言っていたその言葉が頭に浮かぶ。
「てかさ、ここで出会うって運命じゃない?」
『いや…あの…』
女の人が絡めていた腕を解いて、ズイ と顔を近づけてくる。
後ろで私を睨みつける女の人が見えて、背筋が少し凍った。
楠さんの私を呼ぶ声が遠くなったかと思えば、肩が抱き寄せられた。
「どうしてここにいはるんですか、楠サン」
「うっわ、船山享…」
「聞こえてますけど?」
バチバチと火花が飛ぶように2人は見つめあう。
「えーっと、なに?船山サンは、梓ちゃんと付き合ってんの?」
「……付き合ってるわけないやろ」
「じゃあどうしてそんな梓ちゃんのセコムやってるわけ?」
「……」
一層眉間にしわを寄せて、船山さんは黙り込んでしまう。
後から船山さんを追いかけてきたのか、うらたさんと坂田さんが来た。
それを見て楠さんは「なんなんだよ」と呟く。
「少なくとも、梓ちゃんの彼氏でもないやつに俺のこと止める権利ないよね?」
私の肩を抱く船山さんの手に力がこもる。
ニヤリと笑う楠さんに対し、船山さんは無表情だ。でも、どこか楠さんを見つめる目には怒りが滲んでいて。
「……もう、ええわ。」
静かにそう言ったあと、うらたさんと坂田さんを呼んで私の手を引いた。
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「面白くないなぁ」
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送迎用のワゴン車の中で、船山さんは一言も話さなかった。
坂田さんが話しかけても、「あぁ」「うん」と返事らしい返事が返ってこない。
うらたさんに放っておこうと言われ、渋々口を閉じる坂田さん。
この後ご飯行く?とうらたさんが聞いてくる。
乗り気になれなかった私は断りを入れて、3人に別れを告げて近くの駅で車を降りた。
梓≪@Azusa_0710:最近いいことないなあ≫22:54
通知で震えるスマホをポケットに入れて、そのまま駅を通り過ぎた
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