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栗生さんはデスクの引き出しからパンフレットのような薄い雑誌を取り出すとキラキラした目をしながら渡してきた。
「これ、名古屋のほうの
『何で持ってるんです…?』
「名古屋が恋しくなった時に見てるのよ。やっぱり生まれ育った場所を出るのは少し寂しいしね」
しばらく貸してあげるよ、と渡された社内報を読んでみる。施設の充実さでいえば、本社には負けるが雰囲気はとても楽しそうだった。
……東京を出てみるのも、いい気分転換になるかもしれない。
私はすぐにペンを持って、第1志望に [名古屋] と書いた。
そして、名古屋への配属が決まった。
現在…
「梓が名古屋に行ったのってそれがきっかけだったんだ」
『うん。一応ね』
「彼方さんもですよ。好きだったのなら嘘をつかなくたってよかったのに。」
「ん〜…嘘をつかないと、ここまで来れなかった気もするんだよね。」
「まぁ、そうかもしれませんね。AtRとしての活動にここまで集中できたのも、きっと。」
この数年間でたくさんのことがあった。
たくさんの間違いを犯して、たくさんの幸せを感じた。
翔太と真冬の話を聞いて楽しそうに笑う彼方。
あの別れ話の裏に、そんな事情があるだなんて思ってもいなかった。
『ねえ、彼方』
「ん?」
『私とまた付き合ってくれてありがとう』
「…こちらこそ。」
照れたように目をそらしながら、ぼそっと呟いた言葉。
いろいろなことがあったけど、きっとこれが正解なんだと思う。
同じ過ちを繰り返さないように、ゆっくりと手を繋いでいこうと思う。
『真冬も、翔太も、ありがとう』
「2人のためなら、お安い御用だよ」
『ふふ、』
眩しい笑顔で言うものだから、ついつい笑みがこぼれた。
その日はずっと、夜まで語り尽くした。
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