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「色々とありがとうございます」
私が伝えると、彼女はにこりと口角を持ち上げた。
「とんでもない。我々はAさんを迎え入れることが決まって大喜びですよ。早速事務所に向かいましょうか」
スーツケースの上に乗せていた大きなリュックサックを担いで、ホンさんは歩き始める。スーツケースに入り切らなかったものをとりあえず詰めてきたのだが、相当な重さのはずだった。
「あの、自分の荷物は自分で持ちますよ」
「いえいえ。ここまで来てくださったんですし。本当はタクシーにしようと思っていたんですが、なかなか捕まらなくて」
ピンヒールを鳴らし、茶色いロングヘアを揺らす姿はどこまでも優雅なのに、がばっとリュックを担いでいるあたりに彼女の性格が滲み出ている気がした。
改札を出て、地上に続く階段を上る。
「ホンさん、その……」
「はい」
「先ほど、私が来ることを喜んでくださったとおっしゃってましたね」
「ええ」
「私、前の事務所でもパッとしない存在でした。ネット上に名前も顔も出回ってませんし。どうやって私を見つけたんですか。しかも、ほとんど引き抜きのような形で……」
少し先を歩く彼女は、「ああ」と声をあげる。なんだそんな事か、と言いたげな軽い声だった。
「もうAさんは覚えてないかもしれませんが、8年前の合同オーディションに参加されていましたよね？ その時の映像を拝見して、この子は今何をしてるんだろうという話になったんです。我々のような中小事務所は、黙ってても優秀な練習生が集まる環境ではありません。だから、何年前だろうと原石を見つけられるなら必死に探すんです」
「8年前なんて、歌もダンスもほぼ素人でした」
「うん。それでも気になる『何か』があったんですよ。前の事務所の方が、少し先にそれを攫ってしまいましたが、今こうやって来てくださったんですから良しとします」
彼女の言葉に、むず痒い喜びを覚えた。この数年そんな評価を下されたことはなかった。その後もぽつぽつと話す間に、事務所の入るビルが見えてきた。
「事務所ってことは、アーティストの皆さんはいらっしゃらないんですよね？」
「ええ。ここはオフィスとしての建物なので」
それなら良かった、と言おうとしたところで、私たちを追い越してビルに入る人の姿があった。その背中に心臓が止まる思いがした。今の数秒で、一般人でないと判断できる。私が欲してやまなかった輝きを纏っていた。
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作成日時：2023年2月7日 9時
