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そこからとんとん拍子に話は進んだ。Big Hitとの専属マネジメント契約やら、今の事務所との契約終了の手続きやら、流れ作業のように様々な書類に目を通し、サインする。練習生になって8年目の春だった。
私が事務所を辞めると知った他の練習生は、一様に驚いたような、ほっとしたような顔をしていた。ライバルが減るという安堵だろうか。理由が理由なだけに、Big Hitに移籍することは伏せたまま、事務所を去った。私がアイドルの夢を諦めたと勘違いした仲間たちから、涙ながらに「他の道でも応援してる」「Aの分まで頑張るから」と伝えられて、どんな表情を選ぶべきか戸惑ってしまった。
社長から話を受けた時は、不甲斐なさと怒りが大半だったが、この時には優越感が勝っていた。あなた達とは違って、私はもうデビューを掴んでいる。その過程がどうであれ、私はステージに立てるのだ。しかもあの防弾少年団と一緒に。
「今までありがとうございました」
事務所を離れる朝、腰の高さほどあるスーツケースを手に、腰を曲げた。社長はもちろん、この数年でお世話になったトレーナーやら社員やらも顔を出してくれた。
「期待してるよ」とだけ社長は告げ、残りの面々は困ったように笑う。彼らは知っているのだ。私が防弾少年団を解散に追い込むためだけに、デビューすることを。
余計な同情を押し付けられるのも、受け取るのも癪だった。私は全てを受け入れて、社長の提案に応じた。躊躇も後悔もない。最後にもう一度深く頭を下げ、背を向けた。
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Big Hitの事務所の最寄りと伝えられた地下鉄の駅でうろうろしていると、スマホに着信があった。見慣れない番号だったが、おおよその到着時間は伝えていたから、会社の人間なのだろうと予想して応じる。
「もしもし」
「もしもし、Aさん？ ホンです」
「ホンさん、こんにちは。今ちょうど最寄りに着いたんですが」
ホンさんというのは、私の移籍に関する諸々をサポートしてくれた若い女性社員だ。スカウトチームに所属しているらしい。直接顔を見たことはないが、何度か電話やメールでやり取りをしている。
「出口は分かりますか？ ちょうど……あ、待ってください」
Aさん！ と電話と同じ声がすぐ側で聞こえた。つられるように顔を動かすと、ベージュのパンツスーツに身を包んだ女性が立っている。胸元に社員証とスマホをぶら下げ、こちらに走ってきた。
「お待たせしてすみません。ホンです」
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作成日時：2023年2月7日 9時
