9話 ページ9
空いた窓から初夏の爽やかな風が吹き込んで来る。
家庭科室の戸締まり当番のついでに課題用の布を取りに行こうとAは一人で廊下を歩いていた。
窓の外は眩しいほどの青空と深緑が彩っていて、暑い季節がやってくることを知らせている。
外にいる者は皆、留学説明会に行こうと別棟に向かっていて、早く私も向かわないととAは急いで家庭科室へ向かった。
家庭科室は校舎の奥深いところにあって、授業が終われば人通りはほとんどない。
なのに、最後の曲がり角を曲がって、Aはその光景に思わず立ち止まった。
家庭科室前の廊下には学生の作品が定期的に展示されるのだが、その展示を食い入るように一人の人が立っていた。
正確にいうと、その人物が恐らく外国の人であることが見た目からして分かったからであった。
金糸のような髪色が太陽の光によって、透き通るような輝きを放っている。
背丈は本国の者より明らかに大きい。
そして、何よりこの芳醇な薔薇の香りは間違いなくその人から香っているものであった。
すぐに分かった。
皆が噂する“英国紳士”だと言うことを。
ただ、英語に精通していない自分は会話など出来るわけもなく、軽く会釈をしてこの場をやり過ごそうと、Aは決心して家庭科室に近づいた。
「あ、こんにちは」
その決心も束の間、先に挨拶をしたのはその英国紳士だった。
こんにちは、とAも慌てて返すと英国紳士は少し照れるように頬を指で擦っている。
「怪しい者じゃ無いんだ。自由に見て良いと言われて、それで…」
随分と流暢な日本語をお話しになる、とAは少し驚いた。
窓から見えた深緑のような瞳とぱちりと視線が合う。
「ええ、ごゆっくりどうぞ。」
爽やかな日差しが今はじりじりと焼くようにこの廊下を照らしていた。
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りつ - とっても素敵な作品で沼りました!続き待ってます! (2022年11月20日 18時) (レス) id: 2356714097 (このIDを非表示/違反報告)
珠緒(プロフ) - ゆずきさん» 応援ありがとうございます!お褒めいただきとっても嬉しいです😭 (2022年2月22日 7時) (レス) id: 530dc5b1e4 (このIDを非表示/違反報告)
ゆずき - 表現とか、語り口や人物の喋り方が違和感なく美しくて凄いですね、、!応援してます😊 (2022年2月21日 20時) (レス) @page3 id: 7fcb5497e4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:珠緒 | 作成日時:2022年2月17日 19時