５話 ページ5
賑やかな街を抜けると、公園が現れる。
大きな池を囲うように咲いた桜は今年も一段と美しい花弁を散らしていた。
幼い頃は家族と、大きくなるにつれ友人と、幾度も通った公園だ。
夕刻を迎えると人もまばらで、帰路につく者の方が多いようにうかがえる。
でも、この瞬間が一番好きなのよね、とAは桜の嵐を見上げた。
にぃ、と足下で何かが鳴く。
視線を落とすと、黒いハチワレの猫がジッとAを見つめている。
「ふふ、あなたも桜を見に来たの？」
屈んで喉元をくすぐってやると、目を細くしてもっと、とせがむように小さな頭を擦り付けてくる。
猫は首輪をはめていて、ちりん、と可愛い鈴の音が鳴った。
「あなたのご主人様は？お家を抜け出してきたの？」
ごろごろと喉を鳴らすだけで、返事をすることはない。
猫は好きだ。気分屋なところが特に。
昔、屋敷の庭にくる野良猫をよく可愛がっていた。
茶色い斑模様の雄猫で、喧嘩は猫一倍強い子だった。
おやつの煮干しをねだるから、何度も女中に頼んではこっそりとその子にあげていた。
母が猫嫌いだったため、家の中に招き入れる事はできなかったが、暇さえあればいつまでも一緒にいて、Aさんは今日も猫会議に参加している、なんてよく家族に笑われていた。
いつの日か、屋敷には来なくなってしまったけれど。
「若いお嬢さんの方が良くて、私の腕から逃げたのですか？」
ざり、と草履が小石を踏む音がした。
居心地の良い低い声に、私はゆっくりと声の持ち主を探すべく顔を上げた。
「私の飼い猫です。外に出たがるので抱いて出たら逃げ出してしまいまして。」
あまりの急な出来事に私は咄嗟に、そうなのですか、と、この返答が正解なのかもよく分からずに声を発していた。
声の持ち主は男性であった。
烏の濡れ場のような黒髪が、真白な肌をよく映えさせている。
薄色の着物に藍鼠色の羽織を見て、庶民ではないことをすぐに悟った。
男性の美しい白い手が猫を抱き上げ、「いけない子ですね。」と優しく微笑む。
猫は何事もなかったかのように自分の背を毛繕いしていた。
いつかの展覧会で観た西洋画のようだ、とAは思った。淡い色の美しい世界の中でただ佇むしかなかった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 46人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
りつ - とっても素敵な作品で沼りました！続き待ってます！ (2022年11月20日 18時) (
レス) id: 2356714097 (このIDを非表示/違反報告)
珠緒(プロフ) - ゆずきさん» 応援ありがとうございます！お褒めいただきとっても嬉しいです😭 (2022年2月22日 7時) (レス) id: 530dc5b1e4 (このIDを非表示/違反報告)
ゆずき - 表現とか、語り口や人物の喋り方が違和感なく美しくて凄いですね、、！応援してます😊 (2022年2月21日 20時) (レス) @page3 id: 7fcb5497e4 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：珠緒 | 作成日時：2022年2月17日 19時
