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12話 ページ12

明くる日の学内は昨日の説明会のせいだろうか、皆が口々に留学の内容について相談し合っているようである。
微笑ましく思いながら、教室の扉に手を掛けると、ご機嫌よう、と横から声をかけてきたのは椿津子さんであった。
さくらんぼのような唇が、にっこりと弧を描いていた。

「ご機嫌よう。昨日はごめんなさい、お待たせしていたのに。」
「昨日のことは良いのよ。それよりAさん、貴女のことが噂になってるわよ。」

うふふ、と可愛らしく笑う椿津子さんを目前に、私はその表情を見つめるしかない。
噂とは、私の思う噂で合ってるのだろうか。噂に立つほど目立つようなことをした記憶もないし、悪事をはたらいた記憶もない。
椿津子さんはその明るい表情を崩さぬまま、私の手を取る。

「英国紳士とAさんが逢瀬を楽しんでいるんじゃないかって!」

英国紳士と私、というのは、アーサーさんと私が一緒にいるのを見かけたということか。
逢瀬ではないし、むしろ初対面で偶々出会っただけだ。
それで実際のところはどうなの、とからかうように椿津子さんが言うのは、私がそのような事で噂が立つ人間ではないと知っているからだ。
苦笑いをして、握られた手をそっと離した。

「椿津子さんのご想像どおり何もないわ。英国紳士と会ったのはその通りだけど、それが初対面でしたし。」
「ふうん。さすがは桜東院家の令嬢と皆んな喜んでいたのに。」

つまらない、と言いたげな顔をする椿津子さんであるが、大したことのない噂話に私は胸を撫で下ろした。
流行り廃りのあっけない学生だからこそ、じきに噂話も消えるだろう。
桜東院家だからと言って特別なことは何も、ない。

「昨日の説明会はどうでした?」
「ええ、行くことを決めたの。申込みもしたわ。」

聞き返したくなるような言葉をさらりと言う椿津子さんに呆気をとられてしまう。
簡単に行くとは言っても、椿津子さんの実家も由緒ある家柄なのだ。家族は反対するだろうから、誰にも相談せずに行くことを決めたの、と椿津子さんは私の心を読むかのように言葉を続けた。

「椿津子さんは優秀な方だから、きっと大丈夫よ。私は応援するわ。」

ありがとう、と弾けるような笑顔の椿津子さんを見て、先進国である英国になんて行ってしまわれたら、もうこの国に帰って来なくなるのではないだろうかと、寂しくも、可笑しく思えてしまう。

でもきっとこの夏の日差しのように私たちの未来は明るいはずよ、とAは椿津子の背を見送った。

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作品ジャンル:アニメ
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りつ - とっても素敵な作品で沼りました!続き待ってます! (2022年11月20日 18時) (レス) id: 2356714097 (このIDを非表示/違反報告)
珠緒(プロフ) - ゆずきさん» 応援ありがとうございます!お褒めいただきとっても嬉しいです😭 (2022年2月22日 7時) (レス) id: 530dc5b1e4 (このIDを非表示/違反報告)
ゆずき - 表現とか、語り口や人物の喋り方が違和感なく美しくて凄いですね、、!応援してます😊 (2022年2月21日 20時) (レス) @page3 id: 7fcb5497e4 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:珠緒 | 作成日時:2022年2月17日 19時

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