11話 ページ11
白金の鍵が鈍い金属音を鳴らした。
家庭科室の戸締まりを終えて、Aは廊下で待つアーサーにお待たせしました、と声をかけた。
長い脚を支えに壁に寄りかかるその姿は皆が噂して想像する“英国紳士”そのものであろう。
こちらの姿を捉えて、微笑む顔はまるで絵に描いたようで、違う世界に住んでいるような方だと、Aは心の内で思った。
「いや、いいんだ。それより説明会はもう始まってるけど、良かったのか?」
アーサーの一言に驚いたようにAは目を大きく見開いた。
慌てて手持ちの時計で確認すると、すでに開始時刻から三十分以上が経過している。
説明会自体も一時間の予定であるため、もう手遅れであることに気付きAは小さく溜息をついた。
「すまない。俺が呼び止めたせいだな。」
「いえ、説明会自体は大丈夫なのですが、友人を待たせていたもので。アーサーさんのせいではありませんよ。」
落ち込んだような顔をするアーサーさんに慌てて首を横に振った。
椿津子さんには謝らなければならないが、むしろ、説明会よりもアーサーさんにここで出会えたことの方が私にとっては良かったのかもしれない。
こんなに恵まれた機会はきっと、滅多にない。
「アーサーさんは、いつまでこの国におられるのですか?」
「そうだな、長くて残り一ヶ月ぐらいは日本で過ごそうと思ってる。急用が入れば早く帰るかもしれないが。」
一ヶ月、とAは繰り返すように呟いた。
アーサーの施す刺繍に興味があるため、機会と時間さえあれば西欧風の刺繍も出来れば身に付けたいと思ったけれど、今回は難しいかもしれない、とAは肩を落とした。
「刺繍の件だが、今週末はどうだ?俺が寝泊まりしている場所は客人を招けないから、俺の日本の知り合いの家にお願いするよ。」
「今週末ですね、分かりました。」
嬉しそうなアーサーさんの顔に、つい、こちらまでつられて笑ってしまう。
土曜日の午後十四時に、公園の喫茶店前で待ち合わせようと約束をした。
背格好からは趣味に刺繍があるだなんて到底思えないけれど、その長く美しい指がどのような作品を生み出すのだろうか。
深緑の美しい瞳には世界がどのように映るのか、興味が湧いて仕方がない頭の中だが、必死に冷静さを保って廊下を歩く。
この廊下はこんなにも長い廊下だっただろうか。
隣にいる方がそうさせているのか。
あのまばゆいばかりの陽の光は、燃えるように赤くAの足元を照らしていた。
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りつ - とっても素敵な作品で沼りました!続き待ってます! (2022年11月20日 18時) (レス) id: 2356714097 (このIDを非表示/違反報告)
珠緒(プロフ) - ゆずきさん» 応援ありがとうございます!お褒めいただきとっても嬉しいです😭 (2022年2月22日 7時) (レス) id: 530dc5b1e4 (このIDを非表示/違反報告)
ゆずき - 表現とか、語り口や人物の喋り方が違和感なく美しくて凄いですね、、!応援してます😊 (2022年2月21日 20時) (レス) @page3 id: 7fcb5497e4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:珠緒 | 作成日時:2022年2月17日 19時