線香花火

＿＿ ページ39

線香花火には4つの段階がある。



炎が灯ると共に徐々に火の玉が大きくなる、牡丹。
力強く火花を散らす、松葉。
火花が落ち着き始める、柳。
儚く静かに消えてゆく、散り菊。



勝負は散り菊に入ってからだった。
2人とも一言も発さず、ただ自分の選んだものを信じて
柔らかく切なく揺れるオレンジ色を見守る。



本当は、あたしの願いはあたしが心から願うものでは無いけど。
今まで保っていた均衡を崩さないために
これからもお互いが自分の道を歩めるように
やまとには、負けてもらわなければ。



ちりちり消えていく火花が少なくなる。
菊が全て散り、最初の牡丹に戻る。



お願いします。
神様。
あたしたちは、離れなければならない。



牡丹になってから数秒、持ち堪えている双方の花火。



ひとつの火の玉が海へ消えた時
あたしの全身から力が抜けていった。



『あ、』



次いですぐにもうひとつの火の玉も海に還る。
僅差だった。
本当に僅差で、



『うわーまじかぁ！！負けた！』



あたしが、勝った。



隣で悔しがるやまとを横目に喜ぼうとするのだが
どうしても笑顔にはなれなかった。



｢やまと。お願い聞いてくれるんだよね｣


『んー…仕方ないよね…』



なぁに？とあたしの目を見て少しだけ眉毛を上げる。



パシャン、とどこかで波の跳ねる音がした。



｢あたしのことを、忘れてほしい｣



この美しい夏にあたしはいなかった。
眩しい魔法のような季節。
あたしたちはただの従業員と、利用客で。



出会うことなどなかったんだ。

＿＿→←＿＿

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す