無限大な日々短編集 (ページ29)

今日:6 hit、昨日:1 hit、合計:19,906 hit

・ページ29

大倉は最初はなかなか心のシャッターの分厚いやつだったが、どうやらマルと波長があったようですぐに打ち解け、次第に俺やヒナとも仲良くなった。

俺とマルは、偽カバー偽タイトルのイタズラを度々2人に仕掛けた。タイトルだけ、中は白紙とはいえ、俺たちの本が並んでいるようで嬉しかったのもある。

ある時大倉が俺のタイトルを手に取って言った。

倉「すばるくん、これなんでこんなタイトルなん？中身、全く無いわけじゃないやろ？どんなんイメージしてるん？」

そのタイトルは高校の頃ギターを弾いていて浮かんだもので、ギタリストの物語だった。記憶をたどって、ふわふわとしたイメージをぼそぼそっと話した。
俺の中のイメージは人に伝えにくい。明確な形がないから順序や日本語がめちゃくちゃになってしまうのだ。
しかし大倉はそれを聞いて少し考え、まとまった綺麗な日本語で反芻した。

倉「〜ってこと？」

「そう！！そうやねん！」

倉「おもしろ〜！え、すばるくんそれちゃんと書いたらいいやん！そんなおもろいイメージあんのにタイトルだけとか勿体無いってぇ！」

大倉という男は感受性が高い。俺が何度も読んだことのある作品でも、大倉は1度読んで俺が2度目や3度目で気づいたことに気づく。さらに俺の中にはなかったような感想を、秀逸な言葉を選んで言うのだ。だから大倉と本のことを語り合うのは楽しい。

そして、この男が俺の本を読んでどんな感想を届けるのかを知りたい気持ちも俺は持っていた。大倉の何気無い言葉は俺の背中を押した。
俺は10何年ぶりに、原稿用紙に向かった。

復帰戦は散々だった。大倉が褒めてくれたタイトルのイメージを思い出し書き出したものの、すぐに声が邪魔をする。

『ありきたりやな。沢山本読んだから頭でっかちやねんな自分は。結局お前が読んでる本よりええもんなんて書けへんねんからやめてまえや。アイツも感想求められても困るだけや。』

俺はあっけなく負けて、序章すらまとまらず原稿用紙2枚で鉛筆を折ってしまった。それでもそれは、必死でしぼりだした俺の文章だった。俺はそれを大倉に見せた。