フォビアコンプレックス3 (ページ24)

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「待って、ゼーゲン……！わたくしの力は……貴方の望むようなものではないのよ！……だのに……お願い……わたくしは、貴方を……！」

ルースは泣き叫びながら逃げようとしていたが、千年という永い永い時を生きる西区統治者と言えども、体格差には逆らえずあっさりと捕えられ、腕を掴まれて床に縫い付けられる。その姿はさながら蜘蛛の巣に引っかかった蝶のようであった。

「私には、あなたが必要なんです。」

まるで暗示をかけるようにゼーゲンはその言葉を再び呟いた。ルースの首に開いた小さく、だが深い傷口から止めどなく流れる赤く暖かな血液を胸ポケットから取り出した手のひら程の大きさの小瓶に流し入れていく。ガラス瓶の表面を伝い落ちるそれは窓から差し込んでいる太陽の光を受けて金色を帯びきらきらと仄かに煌めいた。彼の薄い唇は三日月のような弧を描き、赤い舌がちらちらと覗く。

「あなたは今まで、地上の番人を、その伴侶を、あなたの弟子を、その力で死から逃れさせてきたのでしょう？今更世界に死なない人が二人増えたところで、問題ありませんよ。」

小瓶に血が貯まると、ゼーゲンは人差し指でルースの傷口の血をぐい、と拭い、瓶の口に添えていた親指についた輝く雫を舌先でぺろりと舐め取った。そして、ハンカチで綺麗に拭いた小瓶をポケットの中にしまい、泣き疲れたのか諦めと恐怖で体の力が抜けたのかぐったりとベッドに横たわっている彼女を一瞥もせずに廊下への扉を開け放った。

「待っていてください、シオン。必ずあなたに不変の美を贈りましょう。そうして、私と共に、永遠に！！」

ゼーゲンは部屋を大股歩きで出ていく。シルクハットを廊下に投げ捨て、マントをばさりと翻した。その姿を見送ったルースの喉から絞り出された声は、言葉は、誰にも聞かれることなく空気に溶けた。聞かぬ方が、彼女にとっても、聞いてしまった者にとっても良かっただろう。地の底から響いてくるような、或いは根の国から這い上がって来るかような、怨々とした呪いの言葉を。
　
　
「赦さない……！赦さない……！！赦さない………！！！」
　
　
　
「______________！！！！」
　
　
　
情念に満ち充ちた、女の怨嗟を。