フォビアコンプレックス3 (ページ22)

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ああでもそれも些事だ、彼の前では物事全て些事だ。ルースは緻密に精密に組み立て編み上げていた思考にそう結論付ける。この人が自分のことを慕ってくれている、その事柄だけで彼女の心は萌える若木の息吹に満ちた春の山々のように麗らかになり、まるで鳥の羽のように軽やかに舞い上がり、ふわふわと空を飛んでいるような心地を覚えていた。夢見心地、というのはこういうことだろうかとルースは浮かれ逆上せて、ほんのりと霞がかった脳でそう思考する。彼から与えられる言葉や仕草は舌の上で熱に惚ける洋酒入りのチョコレートアイスクリームのようで、危険なほどに甘く、濃厚で、しかもそれを空きっ腹にしこたま放り込まれるので余計に高濃度のアルコール分が体に染み渡り、脳の神経細胞をツキツキと小さく痛ませた。

「ルースさん、今日も美しいお召し物ですね。」

「そう……かしら。ありがとう。」

いいえ、いいえ、本当ならもっと綺麗で美しいものがあるのよ。アクセサリーだって、メイクだって、髪型だって、もっと素敵なのよ。ルースの白い肌に映える紺色のアール・ヌーヴォースタイルのドレスは滑らかな生地で仕立てられたお嬢様然としたお淑やかな雰囲気をもっている。だが華美さはなく、用いられている布こそ西区でのみ咲くある花の茎や葉から作られる染料で染められたそれなりに高級なものだが、ドレス自体や刺繍などのデザインは古く、所謂型落ち品であった。はにかんだような笑顔の下で、ルースは歯噛みする。彼……ゼーゲンには彼女が衣服や装飾品を褒められただけで照れるような、世辞を真に受ける世間知らずで初な、純粋で可愛らしい乙女に見えているのだろう。だが、自分はそんな無垢で可愛らしい存在ではないことを彼女は自覚していた。

「……ルースさん。実は、あなたにどうしても言いたいことがあるんです。」

「何かしら？貴方がそのように深刻そうに話すなんて……」

深刻そうな表情と声色でゼーゲンが一つの話題を出した。それに応える自分の声色と表情は、表に出さないようにと意識したにも関わらず心配よりも期待や好奇、興味といった色に満ちていた。なんという浅ましさか。何か黒くてどろどろした汚泥のようなものが、ルースの心の底で狡猾な蛇のように鎌首をもたげる。そんな彼女の心中には気付いているのかいないのか定かではないが、ゼーゲンは黙ることなく言葉を紡ぎ続けている。口説くことに集中しているのか、それとも将来を描いた妄想の悦楽に浸っているのか…

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