【派生作品】貪欲の王 (ページ7)

今日:1 hit、昨日:0 hit、合計:2,067 hit

7 ページ7

私はあの人を愛していたし、あの子の事はもっと愛していた。あの人が大切じゃないなんてわけじゃないの。でもね、あの子は特別だったの。あの人にとってもそうだったはずよ。あの子はきっと、世界中の何よりも尊くて、愛されるべき存在だったんだから。

　彼らは私にとっての光で、なくてはならないものだった。実のところ、私は何度か死のうとしたんだけど、情けない事に怖じ気づいて、結局死ぬ事はできなかった。だってそうでしょ、彼らのいない世界なんて考えられない。

　彼らはよすがだったんだから。最高の宝物だったんだから。あの人に比べたら、どんな宝石も、芸術品も、人間も、食物も、まったくもって無価値そのもの。ましてや、あの子となんて。あの子は私がこの世で最も愛したものだったんだから。

　もうない。既に喪われている。

　私は、こんな無価値なガラクタで溢れかえる、色彩のない暗い世界で生きなければならない。

　本当はね、どんな宝石だって、彼らの瞳の美しさにはかなわないの。どんな芸術品も、あの人の笑顔には無価値で。どんな人間も、あの子の小さなモノほど私を気持ち良くさせられないし。

　どんな食物だって、あの子ほど美味しくなんてなかったのだから。

　ああ、悲しいわ。哀しいわ。だってもう、私は幸せになれないじゃない。何にもまさる幸福を、知ってしまったじゃない。

　欲求は不満から来るの。不満というのは、つまり足りない事だとか、欠けている事だとか。一般に言うなれば、幸せでなくて、だから幸せになりたいって願う事が、欲求。

　なのに私は？もう満たされてしまったじゃない。本当の幸せを理解してしまったじゃない。なのに、それはもう手に入らない。

　もうない。既に失われている。

　だから、ね。私は幸せになれないの。なのに、欲求は収まらない。もっと欲しい、もっと頂戴。そんな風に懇願する。その願いは二度と叶わないのに、それがまったく分からないみたいに、縋るみたいに、しつこくしつこく欲する。求める。切望するし熱望する。欲のままに望んで、貪るように欲する。

　こんな気持ち、嫌。早く薬をちょうだいな。そしたら、次は新しいものを欲しくする。何にしようかしら。どれも無意味なものだけど。