第八十五話 ルース ページ38
元々西区という区は医療や薬学においては他区の追随を許さぬほどに発達している。魔法、魔術、秘術、奇跡__________彼らの技術や知識は死という人が神よりも何よりも恐れる現象から逃れる唯一の力であると評価されており、他区の統治者達は己の領地で過ごす民の一生を見下ろしながら憎々しげに歯噛みするのだ。
決して揺らがぬ不死者であり、永遠の美貌、永久の栄光、無限の知識、際限なき時間、その保持者たるルースの存在はかの医神アクスレピオスが如く、か弱き西区の人々の希望であり、他区の人々の畏怖となっていた。彼女がそう望んでいなくても、祭り上げられ崇められる。人間は喪失に怯え、有限に絶望する生き物であるからだ。
西区は医療面だけではなく、観光地としても非常に有名である。中世ヨーロッパを彷彿とさせる住居などの文化に四季折々彩り鮮やかな自然。田園風景のなかに建つ西区の管理行政局は貴族の屋敷のようで、区に住む人々もドレスやコート等を身に着けており、町や職業によって種類が変化しているのも魅力の要因となっている。統治者であるルースも、普段は細身のドレスを着用していることが多い。
優雅で風光明媚な西区の中央に建つ、主人の好みによりブラウン系の色のアンティーク調の家具で纏められたイギリスやフランスの貴族の屋敷をイメージさせる洋館こと管理行政局の一室にて、それは行われていた。東区が西区と戦争するために武器の調達等を行っている、という情報が入って以来張り詰めた弓弦のような空気がそこかしこに漂っている西区管理行政局内の応接室にて、クルミ材の木目が美しいテーブルにソーサーに乗せられたカップが置かれカチャ、という小さな音が二つ鳴った。
____________応接室には、二人の若い男女が居た。鋲を一つ一つ丁寧に打ち込んだ単鋲仕上げの、硬過ぎず柔らか過ぎない程よい沈み込みがある上質なレザー張りのソファに腰掛けている女性の表情は固く、形のよい眉は寄せられて眉間に皺を形成している。長い睫毛に縁取られた目はややツリ気味で涼やかだがどこか優しげで、懐疑心を多分に含んだ瞳の色は大粒のブルージルコンのような澄んだ青緑。肌は雪のように白く、鼻筋は高くすっと通っている。所々群青色のある、光を反射しキラキラと輝く水色の髪は緩やかに波打っており、頭の後ろで一つに纏められていた。そこには常ならば親友からの贈り物だという赤いゼラニウムの髪飾りが静かに揺れているはずだが、今回は外しているようだった。
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ミクミキ(プロフ) - 終わりました! (2019年12月16日 22時) (レス) id: eada72cfbe (このIDを非表示/違反報告)
ミクミキ(プロフ) - 更新します! (2019年12月16日 22時) (レス) id: eada72cfbe (このIDを非表示/違反報告)
キューブ(プロフ) - 更新しましーた (2019年12月16日 22時) (レス) id: ed034718e4 (このIDを非表示/違反報告)
キューブ(プロフ) - 更新しまっす (2019年12月16日 21時) (レス) id: ed034718e4 (このIDを非表示/違反報告)
ミクミキ(プロフ) - 終わりました! (2019年12月10日 22時) (レス) id: eada72cfbe (このIDを非表示/違反報告)
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