フォビアコンプレックス (ページ2)

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第一話　薔薇宮ページ2

畳に敷かれた座布団に行儀良く座る。目の前に置かれた和菓子とお茶が、私の鼻腔をくすぐった。

　時刻は、午後三時くらい。千年前は、この時間帯を『おやつの時間』と呼び、このような甘味を摂取するという風習があったそうだ。『おやつ』というものは、食べる甘味の事を示している……というのが、定説だったか。

　その千年前を生きてきた私からすれば実に馬鹿らしいと思えるようなそれだけど、彼らは至って真剣なのだ。少し、笑えてしまう。そんな状況でもないけど。

　お茶を一口啜って、窓から空を見上げる。ガラスを隔てた、この城の外。

　青。まったくの青がそこにある。考えなしに絵の具で塗り潰したみたいな、遠近感のない、のっぺりとした青。自然界では、まったくありえないような。

　しかしそれも無理はないのだ。なぜならここは地底世界。元より青空なんて見る事はできやしない。あれはただのホログラムなのだ。閉塞感をなるべく減らすために、と女王様がお作りになられた、かりそめの空。しかし、それがまるで玩具箱の蓋の塗装のように無機質で無感情だからだろうか、開放感なんてありやしない。

　私達は、この世界に閉じ込められている。

　出口はある。どこにあるか、知ってはいるのだ。けれど、出られない。私はここから出られない。少なくとも、今は。

　私は妹と夫を助けなければならない。愛しい愛しい、家族。そのためだけに、私はここにいる。

　ふと……右腕に奇妙な感覚を覚えた。右腕は何も感じられなくなり、勝手に動き出す。手にしていた和菓子をひっくり返して暴れ、慌てて抑えつけた。

「やめなさい！」

　悲鳴のようにそう叫ぶと、腕の動きはぴたりとやむ。かすかに痙攣を繰り返しながら。それが完全になくなると、私は溜息を漏らした。

　私はアルラウネ。人間じゃない、ただの植物だ。植物の私には苗床が必要で、だからこの身体を手に入れたのだけど……支配が薄れてきていて、段々おかしくなってきている。文字通り、身体が言う事を聞かないのだ。

　この身体の元の持ち主が、身体を取り替えそうと躍起になっている。

　もう一つ溜息を漏らして、また空を見上げた。鮮やかで虚ろな、まるで私みたいな空を。