ロボトミーの赤薔薇 (ページ10)

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「……せん、せい？」

　上ずった声が出た。

　先生は床に寝転がっていて、どうやら眠っているらしかった。何か毛布をかぶっているようだったから。

　近くには、転がった椅子。仮眠していて、そしてうっかり椅子から落ちてしまったのかしら。転がった拍子になのか、椅子は壊れていた。足はへし折れているし。

　赤い毛布は、どんな繊維でできているのだろうか。てらてらとランタンの光を反射していた。先生のお腹のあたりにかけられているそれは、端が赤黒くなっていた。赤黒いところは、光を反射しなかった。それはまるで、かぴかぴに乾いた安物のペンキだった。

　……。

　分からない振りをして、心を壊さないようにした。

　だって、そうでしょう？人間は、目を開けたまま眠らない。呼吸をせずにはいられない。お腹が開いてしまって、そこから内臓がまろび出ていれば、誰だって苦しむ。先生は苦しんでなんかない。

　なぜなら。先生は静かだったから。

　さっきから何も言わないから。何も聞こえないから。

　いびきの音も、呼吸の音も。きっと、胸に耳をよせても、無音なのだろう。心の音はしないだろう。

　でも、分からないの。私にはね。先生が死んでいるなんて、分からない。先生はただ眠っているだけよ。そうよね？もし理解してしまったら、私の心は壊れる。先生のお腹からはみ出た、ぶちぶちと細かく引き千切られた内臓みたいに。

　だから、ね。

　先生は眠っているのよ。

「……探さないと」

　毛布をかぶって眠っている先生をそのままにして、私は粘液を追う。粘液は、破壊された窓の辺りで途絶えていた。外はまだ暗かったけど、ガラス片は外側に散らばっていた事だけは分かった。

　大小さまざまな欠片は光を反射して、きらきらときらめいていたから。

　夜空のお星様みたいに。

　あるいは……てらてらと光る赤い毛布のように。

　それを確認して、安心する。怪物は外へと逃げた。だから、もう安心。安堵の笑みを浮かべながら、私は部屋へと戻った。

　今日の朝ご飯は何かしら。トーストが良いな。先生に頼んで、作ってもらおう。