フォボス症候群４ (ページ13)

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第百四十一話　フィリアページ13

人間ってのはやっぱり不思議なもので、あれだけの怪我を負ったというのにあっさり回復してしまった。いえ、これはおかしいわよね。おそらくアタシが発病者だからなのかもしれないけれど。

　傷跡がまだ痛むから、ここしばらくは自宅から出ていない。明日、ようやく職場に出られる事になってはいるけど。

「それにしてモ、おかしなものネ。そう思うデショ、お兄ちゃん？」

　ベッドに横たわるお兄ちゃんに、話しかける。勿論、答えてくれやしない。お兄ちゃんの心音は、とっくの昔に失われてしまっているんだから。

　窓から差し込む月明かりが、お兄ちゃんの顔を青白く照らし出す。

　何年も前に温度を失ってしまった、冷たくなってしまった頬を優しく撫でる。指先の熱が、彼の頬に奪われていくのが分かる。ああ、心地良い。思わず目を伏せる。そのまま眠ってしまいそうだわ。

　ずっと、こうしていられたら良いのになぁ。お兄ちゃんとアタシの二人きりで、夜の闇の中をまどろむの。そして二人はとろけあっていくの。お兄ちゃん、アタシ、アタシ、お兄ちゃん。

　二人の境界線が失われていって、アタシとお兄ちゃんは一緒になれる。一つになれる。そんな夢をいつも望んでいた。

　けれど現実はそうではなくて、アタシとお兄ちゃんはもう愛し合えない。だってお兄ちゃんはもう目を覚ましてはくれないから。だから、お話もできないし、抱き締め合う事もできないし。悲しくて仕方がなくて。アタシはそっと、お兄ちゃんの頬にキスをした。

　その時だった。

　何かの物音がした。キッチンの方からかしら？ガラスか何かが割れるような音。緊張の糸がピンと張る。

　何かしら。何の音？泥棒かしら。それとも、殺し損ねた生体兵器？脳裏に浮かぶのは、アタシを嬲り殺しにしようとした、白鳥の怪物。

　分からないけど、背筋がぞわりとした。

　……お兄ちゃんを、傷つけられでもしたら。

　考えるだけで、嫌な気分になった。ひどい吐き気とめまい。アタシ以外の人間が、お兄ちゃんに触れるという行為への嫌悪感。

　だめ。させない。

　アタッチメントを操作して、ショットガンに。これで殺せるかは分からない。けれどやるしかない。

　アタシは、ドアを開けて、キッチンへと向かった。床がきしむ音が、怖いくらいに廊下に響き渡る。その大きな音が、かえって周囲の静けさを引き立てていた。