フォボス症候群 (ページ26)

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話がひと段落したところでふと窓際に視線をやると、夜明けの薄い光が床を照らしている。時計の針は、既に4時を回っていた。

「…一つ宜しいでしょうか」
『何だ？』
「これがひと段落したら、自分はどうするべきなんでしょうか」

突然の質問に上官は少し戸惑ったようだった。自分も特に深い意味があって聞いたわけではないが、なんとなく、ふと湧いた疑問であった。或いは上官ではなく自分に問いかけた独り言なのかもしれない。僅かな静寂が訪れた後、「貴様の好きなようにすれば良いんじゃないか」と予想通りの答えが返って来た。
…好きなように。上手く自分の未来のビジョンが描けずぼんやり考えているうちに黙り込んでしまったらしい。自分の返答に納得がいっていないと捉えた上官は、再び口を開いた。

『軍に復帰するでも良い。娑婆で生活しても良い。…まあどちらにせよ表には秦野として復帰する事になるだろうから、娑婆で暮らす場合は形式的には退役してからになるな』
「……成る程。いや、別の事を考えていました」
『別の事？』
「上官殿が言われた選択肢とはまた違う選択肢です。…」
『……まさか、貴様』
「…いや、今のは忘れて下さい。話を脱線させてしまい申し訳ありません。自分からは以上です。万が一の時は、指示された通り端末はきっちり破壊して別の連絡手段を使いますので」
『……。了解した、…健闘を祈る』

ぷつり、と通信が切れた後は其処はもう静寂の空間だ。暫くこの静寂に浸かっていれば自分という存在も溶けてなくなるのではなかろうか。
…さて、助っ人に指名されたもののどうすれば良いのやら。武器は持って行くべきか。
幾らか民間軍事会社員と言えども、WPS関係者と言えども、単体でいつも使っているような自動小銃を背負っては、カンパニーに着く前に民間人に銃刀法違反だと騒がれかねない。そうなればカンパニーに討ち入る前に向こうに気付かれ対策されてしまう。

どちらにせよこの家には武器は置いていない。
現在時刻は午前4時半。…まだ彼女達は起きていないだろう。一度はしまい込んだ端末を再び取り出し、市村奏宛に「武器は所持した方が良いか」と短文を打ち込み送信する。

そのまま近くに掛けてあったコートを羽織り、帽子を被って玄関に向かう。…この家も、今の内に捨てておいた方が良いだろう。

朝4時半の閑静な住宅街、アパートのドアが閉まる音がする。中はまるで、今さっきまで居た住居者の存在を否定するかのように、何も無かった。