電解質の夜 / 隠者 ページ5
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その日の空は、ひどく機嫌を損ねているようだった。
夕方ごろ、灰色にくすんだ重たい雲が出たかと思うと、外はたちまち荒れ狂う海のごとき様相を呈した。暴力的なまでの勢いで降りつける雨、木々をなぎ倒そうとするかのような強風、耳を劈く雷鳴。それらは、私が夕食を終えて彼の部屋に行ってからも、全くおさまる気配を見せなかった。
なめらかなページに寄り集まって一つになり、主人公である少女の心象を成しているアルファベット。みずみずしい静謐さを含んだその文字列から目を上げ、彼のほうを見る。
アルヴァさんは黙々と分厚い本をめくりながら、時々、何かを紙に鉛筆で書きつけていた。そこにはきっと、私にはおよそ理解できない、世界を支配する法則と神秘が青く光を帯びているのだろう。断続的に続く、パルプ紙の表面と黒鉛がすれ合う微かな音は、落ち着かない私の神経を優しくなでてくれるようだった。
雨粒が、強い勢いで建物に叩きつけている。がたがたと風が窓を揺らすのは、猛り狂った怪物が力任せに部屋に侵入しようとしているかのようだ。一瞬、白光が暗闇を照らしたかと思うと、また空が低く唸って、鼓膜を裂くような声を上げた。
今夜は、読書にふさわしい夜とは言えない。膝の上に乗せた物語の中でどれほど静かな時間が流れていようと、このひどい天気は、私の心を妙にざわつかせて不安にさせてしまう。自室で一人じっとしていることに耐えられず、迷惑を承知で彼の部屋に足を向けたのも、元はと言えばそれが理由だった。
閉じた本の表紙に施された金の箔押しを指でなぞりながら、ぼんやりとアルヴァさんの横顔を眺める。そうしていると、ふいに、彼が鉛筆を置いて、顔を上げた。一区切りついたのだろうか、と、私もソファにもたれていた身体を起こす。何気なく時計を見れば、既に短針は十二の上を通り過ぎていた。
「今日はおしまいですか？アルヴァさん」
「ああ。……せっかく来たのに、大した相手も出来ずにすまない。私に構わず、君は先に寝ていても良かったのだが……」
「いえ、私もなんだか目が冴えていて。でも、やっと眠くなってきました。そろそろ休みましょうか」
本当は、まだ眠たくなんてないけれど。私の言葉に「……そうだな」と頷いて、彼は静かに席を立った。机の上のランプを消して、扉の鍵を閉める。私は、まだ半分も読んでいない本をそのままに、きちんとシーツが整えられたベッドに向かった。
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KV(プロフ) - ゆずとぽん酢さん» 初めまして、コメントありがとうございます。イタカくんのお話はどれも好きな感じに書けたものばかりなので、そう仰っていただけてとっても嬉しいです…！不定期ですがこれからもちまちま更新していきますので、お付き合いいただければ幸いです。 (4月26日 21時) (
レス) id: 77374e0db2 (このIDを非表示/違反報告)
ゆずとぽん酢 - ま〜、、、本っ当に最高な短編集だことッ！作者様この度は素敵な作品を書いてくださりありがとうございます!!私は特にイタカくんの話が好きです!!! (3月28日 0時) (レス) @page16 id: 55c4e71bc7 (このIDを非表示/違反報告)
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