就職のこと ページ2
「媚野Aさんね。」
私は今、いかにも偉そうな三人の面接官を前に、愛想の良い笑顔で座っている。
少しさかのぼって昨日。家出して新しい仕事を探している時に、MHKの子供向け番組「ママンとトゥギャザー」の体操のお姉さんを募集するホームページを見つけた。
昔から子供が好きだったのと、小3〜大学までバスケ部だったのを理由になんとなく応募してみたら、明日早速面接してくれと秒で返事が返って来た。
そして今。こうして私はMHK社内に足を踏み入れ面接を受けている訳だ。
「25歳…まだお若いですね。」
真ん中に座っている局長みたいな人に言われて、スゥ、と息を吸う。
喉に少し力を入れて、地声の低音を跳ね上げた。
「ありがとうございます。とはいえこの歳だと転職にはなかなか手こずりますよ。」
にこやかな笑顔と明るい声音を絞り出す。
なんせこれでも病院に勤めていた看護師ゆえに、相手に良い印象を与える態度というのは患者相手によく学んできた。
人付き合いの上手さ…というか、媚びを売る…というか、まあとにかくその辺のことだけなら、かなり自慢できるスキルだ。
「なるほどね〜。あれ、でも君元々働いてたの結構大手の病院だよね?どうして転職を?」
その質問に、一瞬ドキッとした。
当然聞かれるとは予想していたけど、実際に言われると少し心臓がキュッとなる。
あくまで表情も声音も変えぬまま、けれども少し歯切れ悪く、理由を口にした。
「それは…、実は…父が病院の医院長をしていて、職業を選ばせてもらえなくって…。ですが、やはり自分の仕事は自分で決めたいと考え、転職を決意ました。」
この返答は果たして本当に良かったのだろうか…?
緊張をこらえ面接官を見返す私と手元の資料を、局長らしき人物は交互に一瞥する。
しかし、返ってきた答えは、あらゆる意味で予想外のものだった。
「じゃ、明日から早速よろしく頼むよ。」
………え?
「………え?」
え、え????
…思ったことがそのまま口に出てしまう、というのをこれほどはっきり体感した人はなかなかいないのではないだろうか。
なんというか、ツッコミどころが多すぎて何も追いつけていない感覚。
「楽屋は今面接に使ってるこの部屋。スタジオの場所も覚えていってね。」
そうして一人部屋に取り残され、ぽかんとしたまま呟いた。
「んな無茶な…。」
こうして私は、幸か不幸か、あっさりと転職先を決めたのだった。
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作者名:MeRe | 作成日時:2021年10月14日 11時