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「…Ras、さん?どうする、どうしまし、たか?」
「…あ。あ、いやー、なんでもないです」
「そですか?しんどい、む、むり?だめです。言うことしてくださいね」
あの日、それしか話せなかったAさんは、あれから随分と言葉を覚えた。伝える事は難しくても、言っている事の7割ぐらいは理解できるようになったのだから、かなりの進歩だ。
簡潔にであれば、日本人にだって恐らく通じるだろう。そう言ってみてもAさんは、まだまだだめ、とか、おてがみかけるしたい、なりたい、と言う。
『大好きな人』に『大好き』を伝えたいなら、手紙ではなくて直接、口で言って伝える方が良いとは思うけれど、彼女がそうしたいなら、こちらがやいのやいの言うのは野暮というものだろう。
「Rasさんは、おてがみ、かけるできますか?」
「いやー、僕は読むのは多少出来ますけどぉ、書くのはむずかしいですね。ちょっとだけなら」
「Rasさんでも、できるのむずかしいですか…わたし、できることなるかなぁ」
「出来ます出来ます。Aさん、覚えるのめちゃ早いですから」
「ほんとうです?」
「はい、はい。…それに、大好きな人に伝えたいんでしょう?」
「はい!大好きな人、ほんとう好きです!いっぱい好き!」
「……じゃあ、すぐ出来るようになりますよ」
がんばるします!と元気に言ったその声に、俺の胸がちくりと痛んだ。痛んだと同時に、自嘲的な笑みが漏れる。
声が可愛い人だと思った。可愛いのに、どこか申し訳無さそうな、そんな控え目な感じで、いつも俺に"いいんですか?負担じゃないですか?"と言うのに、彼女の『大好きな人』に触れれば、きっと、ぱあっと顔を輝かせているのだろう。声だけでも分かる程に、キラキラとその想いを言うもんだから。
だから、こんな、惨めな横恋慕みたいな想いを抱いてしまったのだ。
何度も首を振って、気の所為だと自分に言い聞かせていると、通話の向こうで、弾んだ声のAさんが、"そうだ!"と言う。
「もし、もし、私が、大好きな人に、好き言うしたら、Rasさんに教えるしますね!」
「……え?」
「ちゃんと、出来るしましたと、ほう、ほう…?ほうこく?します!」
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作者名:空色 | 作成日時:2022年1月6日 13時