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ざわざわとした人混みの中を歩く。
右手には、Aの左手が、左手にはAのキャリーケースを握って、人混みに倣って歩いていく。
手続きはもうとっくに済ませてしまった。Aが乗る飛行機が出発する予定時刻まで、40分を切っている。このまま搭乗ゲートまで行けば、ちょうどいい時間だ。
右手が、くん、と引っ張られた。そちらを振り返れば、俺に引かれるようにして歩いていたAが、俯いて立ち止まっていた。


「……A」
「…ひっ、く、ご、めん、…ごめ、ん、せ、せりぃ…」
「…なんで、Aが謝ること、するか。Aが悪いこと、無いよ」
「やっぱり、わた、わたしが、わるい、わるい…」
「俺もAも、ゆずらないもの、あっただけだ。悪いことない。仕方ない」


そう、俺もAも譲れなかった。よくよく考えて、時間をかければ解決出来た事ではあるけれど、俺もAも、やりたいことを曲げられなかった。手に入れたやりたいことを、手が届きそうなそれを、今、そうすることしか出来なかった。時間と距離と、不安と愛情を、全部天秤にかけて、そうして、傾いたのがたまたまそっちだっただけの事だ。
本当は、手放したくなんて無い。物理的距離も、不安も、全部蹴散らす自信もある。けれど、それをするにはどちらかの時間を、労力を、一度白紙にしなくてはいけない。その余裕が俺達には無かっただけの、たったそれだけの事だった。


「…Aは、すぐ泣くことするねぇ」
「だ、だって、だってぇ…っ」
「A」


本当は、抱き寄せたかった。いつものように抱き寄せて、柔らかなその髪を撫でつけて、そうしてその涙が全部、コートの肩口に染みていくのを、冷たいなあ、なんてからかってやりたかった。
だけど、それはもう、無理な話だ。
キャリーケースを放して、その手で溢れる涙を拭った。何度も何度も拭って、いつものようにしてこない俺を見上げてきたAの目を、瞬きもせずに見つめる。


「…A、笑え。最後に、笑うが、良いじゃない?」
「……せ、りぃ。Selly…」
「ん。ばいばいだ」


ばいばい、と呟いて、俺が言った最後の言葉のままに、Aは笑った。真っ赤な目を細めて、くしゃくしゃに、下手くそに、笑ってAは搭乗ゲートをくぐっていった。
最後に笑った顔を見れてよかった。瞬きも出来ずに、じっとこらえるように噛み締めた奥歯がぎしりと軋む。


「…わらうの、へたくそね。Selly……」

●→←最後の笑顔【Selly】※悲恋※



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作品ジャンル:恋愛
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作者名:空色 | 作成日時:2022年1月6日 13時

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