検索窓
今日:14 hit、昨日:37 hit、合計:162,621 hit

ページ13

観念したように小さく笑ったAが、俺を見上げている。
俺はもう一度右手でポケットの物を確認してから、昨日と同じようにAの右耳に触れた。
薄くてまっさらの右耳を確認するように摘めば、Aは一度目を伏せてから、俺を見上げて。


「……泣くことするほど、嫌か」
「…だ、だってぇ…」
「痛いの、嫌か」
「そうじゃ、ない、って、言った、じゃん」


ぽろ、と零れた涙を拭ってやれば、Aは酷く小さな声で、Selly…しんじゃやだ、と言った。
あんまりにもな言葉に、俺は何度も瞬きを繰り返してAを見るけれど、Aはいやいやと首を振りながら、目の前に立つ俺の腰に抱き着いた。


「なんでぇ…?なんで俺、死ぬことなるかぁ?」
「だって、だってぇ……やだ、やだやだ、せりぃー…」
「あーあー、わかった。わかったから、A?」


あやすようにその頭を撫でれば、Aは抱き着いて俺の腹に顔を押し付けたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。

遠い昔の学生の頃、ピアスを開けたいけれど怖くて出来なくて、恋人になったばかりの彼氏にお願いしたこと。
相手の男も初めてのことで、お互いに何にもわからなくて、震えながら開けた耳は思ったよりも痛くて。その日は左耳だけにして、一週間後にでも痛みがマシになったら右耳も開けようと約束したこと。
そうして、約束の一週間後に、Aの家に来る途中で事故に遭った男は、Aの家に来ることは二度と無かったこと。


「……それ、Aのせいじゃ、ないじゃん」
「そう、かも、だけど…わた、私が、自分でしてれば、頼まなきゃ…っ」
「A、…A、こっち。俺見ろ」


おずおずとAが顔を上げる。ゆらゆらと揺れる瞳はもうだいぶ赤くなっていたけれど、涙は俺のパーカーが全部吸っていたらしい。流れた跡を指先で辿りながら、悲しいか、と聞けば、Aはこちらをじいっと見上げたまま、小さく、怖い、と言う。


「……また、今度は、Sellyに、なんかあった、ら、そう思ったら、…こわい」
「俺、そういうの信じることしないよ。ジンクスとか、全部、あー、嘘だうそ」
「そう、だけどぉ…っ」
「Aの怖いとか、トラウマとか?否定することしないけど、俺のこと、信じろ」
「でも…、……うん…」
「俺、大丈夫から。約束する」

○→←約束の右耳【Selly】



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.9/10 (170 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
751人がお気に入り
設定タグ:CR , CrazyRaccoon   
作品ジャンル:恋愛
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:空色 | 作成日時:2022年1月6日 13時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。