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観念したように小さく笑ったAが、俺を見上げている。
俺はもう一度右手でポケットの物を確認してから、昨日と同じようにAの右耳に触れた。
薄くてまっさらの右耳を確認するように摘めば、Aは一度目を伏せてから、俺を見上げて。
「……泣くことするほど、嫌か」
「…だ、だってぇ…」
「痛いの、嫌か」
「そうじゃ、ない、って、言った、じゃん」
ぽろ、と零れた涙を拭ってやれば、Aは酷く小さな声で、Selly…しんじゃやだ、と言った。
あんまりにもな言葉に、俺は何度も瞬きを繰り返してAを見るけれど、Aはいやいやと首を振りながら、目の前に立つ俺の腰に抱き着いた。
「なんでぇ…?なんで俺、死ぬことなるかぁ?」
「だって、だってぇ……やだ、やだやだ、せりぃー…」
「あーあー、わかった。わかったから、A?」
あやすようにその頭を撫でれば、Aは抱き着いて俺の腹に顔を押し付けたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。
遠い昔の学生の頃、ピアスを開けたいけれど怖くて出来なくて、恋人になったばかりの彼氏にお願いしたこと。
相手の男も初めてのことで、お互いに何にもわからなくて、震えながら開けた耳は思ったよりも痛くて。その日は左耳だけにして、一週間後にでも痛みがマシになったら右耳も開けようと約束したこと。
そうして、約束の一週間後に、Aの家に来る途中で事故に遭った男は、Aの家に来ることは二度と無かったこと。
「……それ、Aのせいじゃ、ないじゃん」
「そう、かも、だけど…わた、私が、自分でしてれば、頼まなきゃ…っ」
「A、…A、こっち。俺見ろ」
おずおずとAが顔を上げる。ゆらゆらと揺れる瞳はもうだいぶ赤くなっていたけれど、涙は俺のパーカーが全部吸っていたらしい。流れた跡を指先で辿りながら、悲しいか、と聞けば、Aはこちらをじいっと見上げたまま、小さく、怖い、と言う。
「……また、今度は、Sellyに、なんかあった、ら、そう思ったら、…こわい」
「俺、そういうの信じることしないよ。ジンクスとか、全部、あー、嘘だうそ」
「そう、だけどぉ…っ」
「Aの怖いとか、トラウマとか?否定することしないけど、俺のこと、信じろ」
「でも…、……うん…」
「俺、大丈夫から。約束する」
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作者名:空色 | 作成日時:2022年1月6日 13時