Scramble LOVER -夜半の約束3

141　After Story　side H ページ41

　“…ごめんなさい”



俺にとってこの一年は
目まぐるしい一年だった。


隆二が設計した吹き抜けの窓が専門誌の表紙を飾った余波で仕事が増え

息を付く暇がなかった現実が
正直救いだった。



その途中、隆二から

Aと付き合う事になったと報告を受け
同棲する事になったと報告を受け

そして今日、Aが年内で五十嵐コーポレーションを退職すると報告を受けた。



「…退職？」



脳裏には、寿退社という文字が浮かんでいる。


その言葉を口に出す事さえ出来ない現実に
殺し続けている感情の根深さを思い知った。



「俺、独立する事になって」



浮かんだ三文字は消え
胸の内で安堵する現実。



「二人で、って事？」



親友の独立に
おめでとうでも、頑張れでもなく

真っ先に出た言葉がそれだった。



「その予定じゃなかったんだけど
　あいつ、言い出したら聞かないから」

「…そか。頑張れよ」
「ん。サンキュー」





一年も経った。

一年しか経っていない。





この一年の長さをどう捉えようと
結局俺は、Aの事が



「でさ。…プロポーズ、しようと思ってて」



俺は
Aが…。




「…やっと、か」




だっさ。




「まぁ、一回断られてるから」

「…は？いつ？」

「付き合うってなった時
　最初はプロポーズしたんだけど断られて。
　焦ってたんだよね俺。
　自分の感情で精一杯だった」




どこがだよ。

いつだってどんな時だって
自分の感情を押し殺してまで
Aの事を一番に考えて来たのは

どこのどいつだよ。




「それでさ、臣に頼みがあるんだけど」
「…なに？」

「スペイン語、教えてくれない？」
「いいけど、どうした急に」

「スペイン語でプロポーズしたくて」
「は？」




ちょっと待て。
普通、それを俺に頼むか？

それともなに？ 傷口に塩を塗れって？

俺の女だからいい加減諦めろって
そう言いたい？




「…無理」
「頼む！」
「いや、ねーだろ」
「一生のお願い！」




ただ、そんな安っぽい話ではなかった。

隆二の想いがそこにあった。




「俺さ、正直今も自信がある訳じゃなくて。

　格好悪いのは解ってるけど
　スペイン語の思い出に割り込みたい。

　Aにとってスペイン語は
　俺との思い出じゃないから」




明け透けになる事を恐れずにひけらかされたのは
嫉妬と独占欲。


格好悪さを曝け出した隆二と
格好付ける事ばかり考えていた俺。


なるほど。

だから俺は、負けたんだ。

　

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