それから、いたみ。 ページ19
＊
こつ、こつり。硬質な床に響く音を、ただぼんやりと意識の外で聞いていた。
こつ、こつ、こつ。─繰り返される単調な音。一人分のその足音が、やけに寂しく感じる、のは。
「…マルス？こんな時間に何処へ─…ああいや、そう、そうだったな。すまない、無神経だった。」
こつ。足を止めた。
一頭身の騎士が、僅かに気後れした様子で、短く謝罪の言葉を述べる。
それに、ゆるりと首を振って。できるだけ自然な、いつも通りの表情を浮かべる。
「…有難う、メタナイト。でも、そんなに気にすることはないよ。僕は、平気さ。」
─そう。僕は、平気だ。
胸を締め付ける鋭い痛みも、何処か朧気なあの日からの記憶も。何ともない、筈なのだから。
「…カービィもお前も、少しは気を休めろ。常時そんな調子では、その内医務室の世話になる。」
「─うん、そうだね。気をつけるよ。」
「……マルス、」
「ごめん。僕…もう行かないと、だから」
「……」
横を通り過ぎた時、微かに聞こえたその言葉。
…そんなこと、とうに理解している。
でも、それでも─
＊
ざく、さく。踏みつけられた落ち葉が、小気味よい音を鳴らす。
景色は晩秋。既に冬の片鱗が覗き、身体を撫ぜる空気に時折ぶるりと背筋を震わせる時期だ。
本来季節など変わらないはずのこの世界に、「娯楽は必要だから」等といった理由でニホンの四季とやらを導入したマスターは、やはり妙に人間臭いモノだと思う。
…彼が居なくなってからは、それにまた拍車が掛かったような気もする。
冗談を言っては叩かれ、空腹だと喚いては食堂に駆け込む。……それはまるで、もう居ない彼の分の時間を─ヒトという存在としての時間を肩代わりするかのようで。─見ていて仄かに、胸が軋む。痛い。
ほう、と一つ息を吐く。薄らと白く靄のように溶け消える息。…生きているという、証。
─何故、自分は今、ここで息をしているのだろう？
もう彼は、あの子は。息をすることなんて、無いというのに。
嗚呼、ああ、どうして。もしかすると誰よりも生を望んでいたかも知れないあの子が、どうして、何故？
「─っ、は…っ！」
─反射的に止めていた息を、喉奥から吐き出す。
それに感じる微かな息苦しささえ、痛い。
…自分の《生》を感じる何もかもが、痛くて、憎い。
ざく、ざく。足を進める。
ざく、ざく。歩いて、止まって、歩いて。
ざく。─その、先に。
「─キリア。」
彼は、眠っていた。
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作者名：チイチ | 作成日時：2019年1月6日 4時
