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「ちょっと、え、待って」
そう制するけれど、若さと勢いのある彼は待ってくれそうにない。
あぁ、終電がいってしまう。どこか冷静な頭でそう思って、なんとかこの場を収めなければと考えるけれど、良い考えが浮かんでこなくて
とりあえず、手を離してもらって、改札にダッシュしたい。
まとまらない頭で、それでも何か言わなきゃと口を開こうとした時、グイッと、第三者の力で後ろに引き寄せられる
ふわり、掠める香水の香り、見覚えのあるジャケット。帽子とマスクとマフラーでほとんど顔は出てなかったけれど、誰だかわかる。
風磨くん、と、思わず呼ぼうとした名前を私は飲み込んだ。
「……ナンパ?」
「え、いや、違うの。会社の後輩で」
なんだか殺気立っている彼に私は戸惑って
チラリと少し離れた後輩くんに目線を送れば、突然登場した第三者に抗うこともできず立ち尽くしている
「今日の飲み会、会社のだっけ」
「あれ、言ったっけ?」
「言ってた。前に。で、メッセージ送ってるのに全然返信ないから、迎えに来たんですけど?」
マフラーでくぐもる声はどこか不機嫌で、私は瞳を瞬いた。
そういえば、前に会話の流れで伝えていたかもしれない。どこで飲むかってことも。でもそんな事すっかり忘れてた。
そして自分のスマホは2次会に行ってからカバンの奥底に突っ込んだままだ。
そんな会話を交わす私たちを見て、ぽつんと残された後輩くんが、遠巻きに気まずそうに口を開いた。
「あの、すいません……」
「えっと、ごめんね」
「その、帰ります。すいません。お疲れ様でした」
「あ、うん。気をつけて」
風磨くんの圧に押されてか、すっかり勢いを無くした彼は、しょんぼりした背中を見せて駅へと歩いていく。
終電は行ってしまったんじゃないかって、そう思って声をかけようとしたけれど、風磨くんが手を離してくれない。
「だから、嫌だったんだって」
「……え?」
「フリーにしとくの」
マスクと帽子の間からかろうじて覗く瞳が、私を捉える。何も言えずに目線を泳がせると、風磨くんは「送るからついて来て」って踵を返した。
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作者名:しい | 作成日時:2024年2月7日 15時