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私には起きると一番にすることがある。
しなければいけないことがあるといった方が正解だろう。
洗面所から取ってきたクリームのチューブを片手でぐにゅっと押し出すと、鏡を見ながらたっぷりと顔に塗った。
次に首筋にも、そして長袖から出ている手にも隈なく塗り込んでいく。
医者から処方されている一本何千円もするらしい炎症止めと日焼け止めクリームだ。
こんな具合で使っているから、二、三日ですぐなくなってしまう。
「やっぱり今夜も行くの?」と、今度は調理台からダイニングテーブルへとせわしなく料理を運 ぶ母が訊ねてきた。
決して咎めているわけではないのはわかっていた。
ただ、毎晩の決まり文句を言って確認しないと気がすまないだけなのだろう。
「うん」
私も私で返事だけはしておくのだ。
「毎晩毎晩、客なんて集まるのか?」
今度は、まだ爪を切っている父が嫌なことを訊いてくる。
「うーん……」と曖昧に返事をしていると、
「うーん?それじゃあ仕方ないだろう」ときつい一言が返ってきた。
「別にいいもん。そんなこと関係ないから」
鏡を覗き込んで、最後にもう一度念入りにクリームを顔に塗りながら、不機嫌になってきて小さな声でぼやいてしまった。
「だったらしようがない。今日はちょうど店が休みだし、俺たちが見に行ってやるか。なあ、母さん」
父はやっと終わった爪切りの後を片付けるため、椅子から立ち上がりながら、嬉しそうに大きな声でそう言っている。
「来たら殺す」と、私が父の方をちらっと睨んで言うと、
「はい」と、父は私の睨みに反射的にびくっとして立ち止まり、首をすくめて子どものように返事をして頷いた。
私には、そんなかわいいところがある父との会話はおかしかったし楽しかったのだ。
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作者名:MaRU | 作成日時:2018年3月20日 22時