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Aは名残惜しかった。
いつまでもこの時間が続かないかと思いながらも再び歩き始めた。
Aが五、六歩進んで振り返ってみると、拓弥がまだそこに立っていた。
拓弥がもう背を向けて帰りかけているのではないかというAの不安を見事に打ち消して、拓弥は優しくAを見つめたまま手を振って見送っていた。
Aも彼に小さくだが何度も左手を肩越しに振って、電車のまだ通らない線路を渡ると、高台の自宅への階段に向かって足早に歩いていった。
右手に持ったギターケースの重みを、今日だけは不思議と感じなかった。
何故だか胸がどきどきして苦しくなり、頰まで熱くなってくる。
Aは言い知れぬ喜びが込み上げ、唇を噛み締めていないと、思わず笑みがこぼれてしまうくらいの幸せを感じていた。
こんな気持ちは初めてだ。
きっと今、変な顔をしているに違いない自分を、拓弥には見られたくなかった。
だから、自宅へ駆け出したいくらいだった。
けれどそんな気持ちを抑えながらもやはり急ぎ足で自宅へと飛び込んだのだった。
拓弥はAが見えなくなるまで見送っていた。
二人の時を惜しむように、月はバス停をずっと照らし続けていた。
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作者名:MaRU | 作成日時:2018年3月20日 22時