文豪ストレイドッグス あなたを主と決めた日から愛を知った 【中原中也】 弐

第五十七話 完璧ほどつまらないものはない ページ8

カタカタとキーボードを打ち込む音が静まり返った執務室に響き渡ると同時に、ワタシの苛立ちは募っていく。

『退屈ね』

ワタシの声は静まり返った部屋によく響いた。ワタシの言葉を耳にした部下は肩を震わせた。
理由は簡単。ワタシが「退屈」と云った時はろくな事が起きないからだ。例えば、期限が明日までの報告書等があっても平気で放り出すし、勝手に拷問班の仕事を横取りしたり、部下も連れずに外へ出かける等……とにかくろくな事がないのだ。
ワタシが部下の立場だったら、冷や汗よりも先に涙が出る勢いだ。
そんな部下の心情を知らない我儘娘なワタシは、バンっと目の前の机に手をつき、勢いよく立ち上がる。

『少しぶらついてくる』

ニッコリと笑って云い放つワタシを止める者はいない。ワタシは黙り込む部下達に「ワタシが戻ってくる迄に紅茶と甘い物用意しておいて」と告げて、執務室を出る。
その直後、いつ戻るか判らない気まぐれなワタシのせいで、部下達が最高級の茶葉と洋菓子を用意するべく、右往左往していた事をワタシは知らない。
執務室を出て、適当に廊下を歩いていたら反対方向から黒外套の少年が歩いてくるのが見えた。少年と云っても、彼の方が一つ年上だが、マフィアの中での立場はワタシの方が上だ。
ワタシは不敵な笑みを浮かべ、少年に話しかける。

『酷い身なりね。大方、太宰さんに遣られたってとこかしら？』

新しいオモチャを見つけた子供の様な表情のワタシとは打って変わり、彼は無表情でワタシの事を見つめた。

『無愛想は善くなくってよ、芥川』

芥川「……またサボりですか？僕が貴女の部下ならば、恐らく謀反を起こしている」

『あはっ、相変わらず面白い事を云うわね。謀反を起こすにはそれ相応の力がいる。アナタには無理ね。だって、ワタシより弱いもの』

芥川「………」

『何か間違った事云った？』

芥川「……いえ…仰る通りかと……“次期幹部候補”である貴女に勝てる者は、このマフィアには片手で数える程しか居ないでしょう」

『次期幹部候補…ね……嫌味の心算？』

芥川「僕は事実を云った迄の事……Aさん、貴女は実力がある。しかし、仕事に対する態度が怠慢過ぎる……何故、態と評価を下げる様な真似をするのですか…？」

『……だって、“完璧”はつまらないんだもん』

ワタシの言葉に芥川は首を傾げた。ワタシはそんな芥川にフッと笑みを浮かべ、「じゃあね」と手を振って、その場を後にした。

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