文豪ストレイドッグス あなたを主と決めた日から愛を知った 【中原中也】 弐

第六十話 この手のメッキが剥がれるまで ページ11

ヨコハマの洋上に、小ぶりの観光船が浮かんでいた。透けるような空からの日射しを受けて、水面の小波がきらきらと輝いていた。

鷗外「安吾君、久しぶりだねぇ。今日はお招きありがとう。本職に戻ってから、調子はどうかな？」

首領は、中央に立つ“異能特務課のエージェント”坂口安吾に、にこやかに話しかけた。
返事をせず、ただ緊張したように目を伏せただけの坂口さんに、ワタシはクスクスと笑みを浮かべる。

「うちの若いもんを虐めんでいただきたいですなあ、マフィアの親分さん」

坂口さんを挟んで首領の向かい、逆側に座ったのは白髪の長身の壮年。船内にいる人物と比べても最も大柄な男……“内務省異能特務課の最高指揮官”種田長官である。

種田「其方の可愛らしいお嬢さんは…？」

長官は首領から、首領の隣に用意された椅子に座るワタシに視線を移した。ワタシはそんな長官にニッコリと笑って口を開く。

『お初にお目にかかります。鬼堂Aと申します。以後、お見知り置きを』

丁寧に挨拶をするワタシに、長官は感心の声をあげ、「よく出来たお嬢さんだ」と云い、「私の娘なのでね」と首領が微笑みながら付け加えた。
少しの沈黙のあと、坂口さんは緊張した面持ちで云った。

坂口「本日はご足労、ありがとうございました。繰り返しますが、これは非公式の会合です。記録および撮影、この場にいる人間以外からの物理的介入は凡て裏切りと見倣し、会合は即刻中断されます」

坂口さんは云いながらちらりと岸辺を見た。遠くに小さく見える陸地には、それぞれの組織の配下が秘密裏に、あるいは公然と待機していた。
万一、この会合でどちらかが裏切って相手を殺傷した場合、すぐさま岸辺にいる敵部隊が、生き残った方を殲滅する為に。
これは、互いの喉元にナイフを突きつけあった、ぎりぎりの平衡状態で開かれている会合なのだ。

鷗外「うちのエリスちゃんが帰りにアイスクリームを購ってこいって煩くてねぇ。政府御用達の佳い店でもないかね、種田長官？」

種田「はっはっは、心温まる話ですなあ。うちの報告書を待っとる内務省の官僚共にもひとつ、手土産を持ち帰ってやりましょうかな。お宅の首級(ｸﾋﾞ)など持ち帰ったら喜ばれるやろうなあ」

ワタシは椅子の肘に頬杖をついた状態で眉を顰め、手元の扇で顔を扇ぎながら笑う長官を睨みつけた。ワタシ達の背後に控えるマフィアの部下二人から、爆発的な殺気が膨れ上がったが、首領は涼しい顔をしていた。

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