fancy!spicy!!sweety!!!【下】

【現実と御伽噺の狭間で】 ページ11

一瞬の硬直状態。シンシンと雪が降り始める夜。
二人のうち最初に動いたのは、アリスの方だった。



「ウォンカさん……？」



彼女は目の前の人物の正体に気が付くと、掴んでいた指の力が弱まった。
同時に鋭かった顔付きも解け、零れ落ちた涙がまた頬に線を残す。
触れたら儚く散ってしまいそうだ。
頭が真っ白になってしまったウォンカは何を言うことも出来ず、ただアリスの名を呼ぶ。



「アリス……あ、え」



途端、腕を引かれたと思ったら彼の身体を温かい何かが包んだ。
突然のことで身構えていなかった彼は、バランスを崩しベッドへ倒れ込む。
彼の頭から音もなく落ちていったシルクハット。


軋む音と、アリスの香り。チョコとは違う甘い香りだ。
温もりの正体がアリスの体温で、今彼女に抱きしめられているのだと気が付いたのは、数秒経ってからだった。


流石の彼もこのシチュエーションには恥じらいが出たのか身じろぐも、拘束は外れない。
濡れて冷え切った身体に彼女からの熱が分け与えられる。



「良かった……無事で……本当に良かった……」

「あの、アリス……風邪引いちゃうよ」

「いいの、私の事なんか……どうでも……」



背中に回される手が少しだけ強まる。
彼も行く宛てのない手をおじおじとアリスの頭に回し、遠慮がちに髪を撫でた。
心地よい感触が指をすり抜けていく。



「どうでも良くなんてないよ……ごめん。僕はまだ、君を救えてなかった」

「……私、もう十分救われました……貴方の夢の一部になれただけで……貴方が戻ってきてくれただけで……それだけで十分……」

「いや、まだだよ。まだ足りない」



約束が違う。彼女はどう見たって幸せそうじゃない。
こんなに泣かせて、こんなに怯えさせるような男に、彼女の幸せを任せられる訳がない。
アリスが胸元で嗚咽をかみ殺す度に、その気持ちをより強くさせる。



「私の世界にはない、夢が見れた、魔法が存在した……私、それだけで救われたんです……」

「……待って？君の世界には夢も、魔法も存在してるよ」

「……そんなこと」

「だって、君の世界には僕がいる」



現実と御伽噺。彼女と自分の間には認識の壁があった。
彼女はまるで自分の世界には有り得ないもののように言う。
夢と魔法は誰の世界にもあるものだ。そんな事ないなんて、言わせない。
それを証明すべく、彼は自身があの時してもらったみたいに、彼女の頭を優しく抱きしめた。



自分の存在を知らせるために。



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