十二月目:アニメオタクの憂鬱 ページ16
(マルコスside)
「わあ……!」
聞き慣れた、愛らしい声が感嘆の色に染まる。画面越しに毎日見ている黄金の瞳は、今は窓の外へと向けられていた。
「ねえ見てマルコスくん! 月! すっごく綺麗だよ!」
「っ!?」
まさか声をかけられるなんて思ってもみなかったものだから、僕は驚いてその場で腰を抜かしそうになった。
「月が、綺麗……。本人は無意識なんでしょうけど……。ああもう、なんでよりによってその言葉をこの男に……!」
青を通り越して真っ白になった顔でブツブツと呟くもう一人の魔法少女の隣で、リリカちゃんは僕へと手招きする。え、こ、これまさか、リリカちゃんの隣に行けと!? 僕が!?
……非常に恐れ多いが、かといって彼女の誘いを断るのはもっと恐れ多い。
「し、ししし失礼します……!」
あああ今僕匂いとか大丈夫かな!? こうなると分かっていたらお風呂で三時間くらいかけて執拗に体を洗ったのに……!
「ほら、見て見て! お月様、真っ赤なの! 綺麗だなぁ……」
そんな僕の気持ちなど露知らず、真横数センチの距離に立つ女神は純粋な瞳で紅い月を見上げ……
……紅い月?
「……え」
「すごいよね。でもどうしてあんな色になったんだろう。昨日まで普通だったのに」
「……」
僕は思わず息を飲んだ。それほどまでに今宵の月が綺麗だったから、ではない。
「……ちょっと」
リリカちゃんを挟んで反対側。もう一人の魔法少女が放つ冷たい目線と小さな声でようやく我に返る。
「何か言いなさい。リリカが話しかけてるのよ」
「……あ、ご、ごめん。あんまりに綺麗で、つい」
「だよねだよね! ……あ、雲に隠れちゃった……」
「残念ね」
「うん。でも隠れる前にマルコスくんに見せられてよかった!」
……全ての闇を取り去ってしまいそうな、愛らしい台詞と表情。しかし僕の心には、それをもってしても拭い切れない憂いがあった。
「今日はもう寝ましょう」
「そうだね、明日は13さんと零夜さんの最終決戦もあるもんね!」
「ええそうね。……ねえリリカ、男ってやっぱり、彼らみたいに勝負って形を取って打ち負かさないと、諦めて引き下がることができない生き物なのかしら」
「ええっ、リリカ男の子じゃないから分かんないよ……」
多分僕に向けた言葉だろうなあ。ルルカちゃんの言葉に思わず苦笑しながら、誰にも聞こえないような声量でぽつりと呟いた。
「明日の勝負はきっと、見られないだろうけど」
僕の瞼の裏に焼き付いた鈍い光を、彼女達も見ていたのだろうか。
10人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:パト | 作成日時:2022年9月14日 18時