序 ページ1
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齢三十にして海軍次官の役を賜ったのは、人生で幾度とない幸福であった。
始まりは敬愛する甥の死によって海軍入隊へと誘われた身だが、この様に我が国に貢献出来ること、それがどれだけ身を余すほど光栄か。私は命尽きる日まで焦がれた青に身を捧げ続けようと、固く胸に誓っていたのだが。
十二月十九日、艦隊就任中の事であった。
昼食を頂き次の演習に備えをという話をオス田としていたのだ。何ら変わりなくきっちりと先を見据えるオス田の話に口を挟みつつ議論を交えていた。
そこに甲板から降りてきた
「山茂、そろそろ嫁を貰ってはどうか」
「…公私混同は致しません。この場でそんな話を出さないでいただけるか」
或る華族の娘さんがもう良い歳頃でな、そう話し出した米内は明日にはこの船が横須賀に戻る事を知ってこの話を出しているのだろう。向かいで聞いていたオス田も米内を止めるが悪くない話ではないか、とその西洋人のように線の細く薄い唇に笑みを湛える。全く、上官がそんなのでどうするというのだ。オス田と米内をあしらい席を立った。
軍人というのはどういう訳か所帯持ちというのもなかなかに見られがちである。昔から女というものを不得手とした結果この歳まで碌な影も無く過ごしてきた私は、出来るだけその手の話題を避けて二十代を軍へ打ち込むことだけに費やしていたが。オス田や米内はもう数年も前に奥方を迎えていた。何度か会ったこともあるが貞淑で麗しい女性だった。
あれを見れば尚更自分に妻を迎えることなど考えることが出来ず、適齢を半分程逃したというのに渋っているのが現状である。そもそもかなりの頑固者だと散々言われた私に、年端も行かぬ娘をどうしろと言うのだ。オス田のところは十五の娘が嫁いだと言うし、そんな干支一周も離れた娘を相手できるような人間でもない。
然しながら上からもそろそろどうかと声が掛かっている。これに関しては自身の昇進にも幾ばくか関わっているのだろう。戦の最前線に行くというのに所帯なんて面倒なものを作らせる上層部はどうなのか。甚だ面倒な世の中である。
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