見合うは小さき ページ4
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週末、米内の謀りで帝都内の料亭に訪れた。厳かな門構えをくぐり敷石を進むと道脇には質素な色味に添えられる力強い椿の紅が映えていた。そういえばオス田が蜀紅は椿の名前だと言っていた。鮮やかで、その瑞々しさはどこか自分との不釣り合いさを感じる。
道の先で女将であろう女性がお待ちしておりましたと頭を下げるのが見える。
今日は宜しくお願い致しますと礼を返す。にこりと微笑んだ女将は南に足を向けると此方で御座いますと進み始めた。長い廊下の庭に面した障子は閉め切られていたが玄関からか冷たい風が吹き込む。突き当たりの部屋でお待ちで御座いますと女将が言葉を紡ぐもトン六さん、と久しく聞いていなかった声に遮られ思わず眉根を寄せて視線を奥へ向けた。
「オカン…何で居んのや…」
「アンタの見合いなんやから当たり前です。アンタ、いつまでも身固めんで心配しとりましたよ」
きっちりと着物を正し此方にやって来たオカンはわざわざ故郷から来たと言うのか。相変わらずのせっかちでもう来とりますから早よう、と腕を引き女将を抜いて歩き出す。ほんま無礼者ですんませんと女将に軽く会釈を送りオカンに着いていくと、廊下の突き当たりの部屋がすぐ見えてきた。
荒波の飾りの欄間越しに米内と数人の声が聞こえてくる。そこには若い女の控えめな笑い声もあり妙な緊張に体が強張る。しゃんとしなさいな、ぱしんと肩を叩いたオカンは米内さん、障子越しに中へ呼び掛ける。声を返した米内は静かに障子を開けると逃げなくて安心したと笑い混じりに囁き私とオカンを中へ招き入れた。
中央の座布団に座らせられ思わず視線が下に向く。視界の上端には今日まで幾度と開き眺めたあの艶やかな着物がちらと姿を覗かせている。嘲るように鼻で笑った米内は女慣れしてませんでなぁ、と軽口のようにそう言った。向かいから柔らかな笑いが聞こえると娘も似たようなもんやけ、と私より更に西の訛りが低く笑い混じりに呟かれ肩を叩かれたのか視界の上で静止画の様に固まっていた着物が数度揺れた。
ご挨拶しなさいな、横からのオカンの茶々に一瞬顔を顰めるもすぐ戻すと、すっと背筋を伸ばし膝に手を置き少しだけ前傾を取り真っ直ぐに目の前の、可憐で小さな花のような娘へと視線を向けた。
「……お初にお目に掛かる。自分は山茂トン六海軍次官である」
「ぁ………お、お初に御座います、有坂Aと申します」
小さな震えた声が彼女の儚さと幼さを縁どっていた。
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