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最初は心配そうに様子を伺っていた生徒たちも、何を言っても「やだ！」の一点張りでテコでも動こうとしない佐久間に対し、次第に飽きてきたようだ。
誰かが「本人がそう言うんだったら、別にいいんじゃないですか」と先生に言うと、そっちの方が手っ取り早いと思ったのか、教室内は一気に先生側を説得させる流れに変わる。
「もう、どうしてそんなに頑固なんでしょう」
先生が困ったように首を傾げると、このまま逃げ切れると悟ったのか、佐久間が嬉々として答えた。
「好きになっちゃったんです」
そう答える佐久間の大きな瞳は、真っ直ぐに俺を向いていた。
どう考えたってその「好き」は髪色のことなのに、泣きそうな笑顔を見せる佐久間から目が離せない。
ピンク色の前髪に見え隠れする佐久間の感情が分からなくて、応えようにもどうしようもなくなって、
俺は逃げるように視線を逸らした。
俯き、ぎゅっと拳を握る。
なに、いまの。
そんな俺たちの一瞬のやり取りは、誰にも気付かれることはない。
「何かあればすぐに医務室に行ってくださいね」
結局折れたのは先生だった。
佐久間に念を押すと杖を振り、あっという間に教室を元通りする。
いつも通り配置された机に、何事もなかったように生徒が次々と着席していく。
俺も、佐久間もそれに続いた。
席に着いた後も、俺の頭の中には佐久間の言葉がぐるぐると回る。
目の前の黒板に視線を向けているのに、集中なんてできやしない。
右斜め前の席。
そこに座る佐久間の、さっきの言葉の意味を知りたいと思ってしまっている。
『ちゃんと向き合ってみなよ』
なんでこんな時に、ふっかの言葉を思い出してしまうんだろう。
何もしていないのに、耳の裏側がだんだんと熱を帯びてくる。
心拍数が上がっていく感じがして、呼吸もなんだが浅い気がする。
こんな醜態を誰かに見られなくて良かった。
今日だけは、後ろの席を選んで良かったと思う。
俺は静かに熱を孕んだ両耳を塞いだ。
「阿部ちゃん」
先生が黒板を向いた瞬間を狙って佐久間がこっそりと振り返り、こちらを見て、綺麗に笑いかけてくる。
「かっこいい？」
嬉しそうに、楽しそうに、指先で季節外れの桜色に染まった毛先を弄ぶその仕草に息が詰まる
知らないよ。
なんで俺に聞くの。
答える代わりに佐久間から視線を逸らす。
ああもう、頬っぺたまで熱くなってきた。
この日を堺に、佐久間の髪の毛は桜のようなピンク色になったのだ。
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作者名：そらちね | 作成日時：2023年9月28日 0時
