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「ねえねえ阿部ちゃん、この髪変じゃない？」
「え？」
がきがしとタオルで乱暴に髪を拭いていた佐久間が突然こちらに話を振ってきたせいで、びっくりした体が小さく跳ねた。
なに急に、なんて言い返す間もなく、
「イケてる？」
乱れたピンク色の前髪の隙間から、大きな瞳がじっとこちらを見上げられる。
「……うん、似合ってる…と思う」
俺にしか見えていない、物憂げで絡みつくような視線に息を吸い込んだ。
佐久間は時々、思わずドキッとするような妙な色っぽさを見せる瞬間がある。
俺はそれが苦手だった。
詰まった声でどうにか答えると、こちらを探るような目元が三日月のように弧を描き「そっかぁ」と佐久間は嬉しそうに笑う。
ころころと変わる表情は無邪気といえば聞こえがいい。
佐久間が他の生徒に呼ばれて視線を逸らしたあと、俺は誰にも気づかれないように左胸の辺りを静かに掴んだ。
もはや完全に佐久間のペースに飲まれている。
アイツの言動一つ一つに、大袈裟なくらい心が揺さぶられている自覚がある。
しばらくすると、騒然としていた教室内もすっかり落ち着きを取り戻した。
「佐久間さんはこのまま医務室へ行ってください。そこで元に戻る薬を調合してもらえますから」
先生が言い、誰もが妥当な判断だという意味で頷いた。
「一緒に行こうか」と佐久間のすぐ近くに立っていた生徒が聞き、このまま佐久間は大人しく教室を出て行くものだと誰しもが思っていた。
ところが肝心の本人は「えっ」と驚いたような声を上げると、逃げるように一歩引いてそこから距離を取る。
「やです！」
佐久間は唐突に叫び、それからハッとしたような顔をして口元を手で覆った。
一瞬で静まり返った教室。
魔法薬の効果を打ち消すには、同等の魔法薬が有効なことは誰もが知っている基本中の基本。
いくら佐久間でも、それを知らないはずはない。
俺をはじめ、お前は何を言ってるんだ、という空気が教室内に漂っている。
注目を浴びて引くに引けなくなったのか、気まずそうな佐久間が口を開いた。
「この薬って人体に影響ないんですよね？なんかこの色すげえ可愛いなーって思って」
「ほら、こんな髪の色した人なかなかいないじゃないですか！」
「ちょうど金髪にも飽きてたし、いい気分転換になるなーって」
しどろもどろ、という言葉通り、聞いてもいないのに次から次へと色んな言い訳が飛び出してくる。
理由は不明だが、佐久間はなぜか頑なに医務室へ行こうとしなかった。
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作者名：そらちね | 作成日時：2023年9月28日 0時
