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「くそっ、降ろせよ!」
しなやかな腹筋を使い、腰に刺さった杖を取ろうと弄っている佐久間の横に並ぶと、素早く白い首元に杖の先を突き付けた。
それまでの動きが嘘のようにピタリと止まり、俺の顔のすぐ側にある大きな瞳をゆっくりと動かしながら、徐々に赤らむ顔をこちらに向けている。
この距離まで接近したのはお互い初めてのことだった。
佐久間が何か喋ろうと口を開くのが分かり、杖を喉元の奥へと軽く押し込むと、諦めて悔しそうに唇が合わさる。
苦しそうに、ゆっくりと喉が上下に動いた。
逆さまになった佐久間の顔を下から舐めるように見上げると、黒曜石のように真っ黒な瞳の中に、冷たい顔をした俺が映り込んでいた。
コイツだけは確実に仕留めなきゃ。
もう一度、呪文を唱えようと口を開いたところで、
「流石にやりすぎ」
「阿部ちゃん、ここに居られなくなっちゃうよ」と、背後からふっかの声が聞こえた。
いつも通りを取り繕った、でも確実に普段より緊張している硬い声。
振り返りはしないけど、おそらく、ふっかは俺に杖を向けている。
仕方ない。
「…リベラコーパス」
「ぐえっ!」
ぷつりと糸が切れたように、突如身体の自由が効くようになった佐久間が頭から床に落ちた。
その呪文を唱えたのは俺ではない。
ふーっと、緊張を振り払うように息を吐く音が聞こえたかと思うと、俺の隣に並んだふっかが肩を叩く。
「阿部ちゃんお疲れ」
そう言って俺を労う言葉の裏に「もうこれでおしまいにしな」という牽制が見え隠れしている。
返事を渋っていると、ね?と念を押すようにもう一度肩を叩かれ、そこで俺も完全に興が覚めた。
杖を腰元に収める。
頭を手で押さえながら痛みに顔を歪めている佐久間の元に歩み寄った。
佐久間は分かりやすく動揺しながら、怯えた目で俺を見上げている。
この瞬間、勝敗はしっかり着いたのだと確信した。
「もう俺にもふっかにも、絡んでこないでくださいね」
「………」
「返事は?」
「…ハイ」
小さい声だなぁとは思ったが、今日のところは許してやろう。
「あと先輩から寮の奴らに言っといてください。阿部に手を出したら殺されるぞって」
「へ?」
しゃがみ込み、ふっかに聞こえないように佐久間の耳元に唇を寄せる。
「次はないと思えよ」
視線が絡まり合う。
佐久間の頬にたらりと垂れた汗を人差し指で優しく掬い取り、にっこりと優しく微笑んで見せた。
「これからは仲良くしてくださいね。佐久間せーんぱい♡」
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みな(プロフ) - はじめまして。面白いです。ホウキとか杖とかも出てくるんでしょうか?続き楽しみにしておきます。 (9月15日 6時) (レス) id: 2fd29c3102 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:そらちね | 作成日時:2023年9月13日 14時