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このまま放って立ち去れば楽に終わるものを、わざわざ近寄って来てくれた彼の行動に優しさを感じた。
(ああ、この人はきっと根から優しい人なんだろうな)
そう思ったところまではわりとわたしも冷静だったと思う。
先程あったことをどうしたものかと思い出しながら、お礼を言おうと「中村さん」と、彼に話し掛けたその瞬間。
「っふ、ふふふふ………待って、ごめんなさ、っ…笑いが……!」
顔を埋めたまま肩を震わせてひぃひぃ笑うわたし。
だって、だって……!
こんなの少女漫画展開じゃん……体育館裏シチュってほんとにあるんだ……!
思い出し笑いとはまさにこの事である。
「ごめんなさい、ほんと…はい、落ち着きました……」
「ああ、うん」
ひとしきり笑って落ち着きを取り戻したわたしは、彼に頭を下げて謝った。
ほんといきなり笑い袋と化してごめんなさい。
「…平気なんですか?ああいうの言われて」
落ち着きを取り戻したわたしに彼がそう聞いてきた。
「え?……ああ、さっきの事ですか。…別に事実な部分もあるし、確かになぁって納得しちゃったといいますか」
「事実…」
「はい。確かにデビュー作以降今回まで主要キャラのキャストになる事も無かったんで、そこに来て再び突然ヒロイン枠になったとなれば妬まれるのもまぁ仕方ないかなと」
この言葉に嘘偽りはない。
わたしが逆の立場だったらそう思わずにも居られないかもなぁ、とも思うし。
視線をヨレた台本へ移しながらそう笑って見せれば、わたしの反応が彼の琴線に触れてしまったのか、次の瞬間怒られた。
「納得する事じゃないだろ、それ」
「へ、」
拳ひとつ分を開けた隣にわたしと同じようにしてしゃがみ込む彼は、わたしの目をまっすぐ見つめながら真剣な表情で。
「別にコネや賄賂で選ばれた訳じゃないだろ?それなら今の役はお前が努力して実力で勝ち取った物だ。仕方ないとか、納得することじゃない。……誰よりも自分の頑張りを知ってるはずのお前が、自分を否定してやるなよ」
そう言い終えた彼は視線をわたしが持つ台本へと移っていて、そしてその表情は最初とは違って少し悲しそうだった。
まるで、彼が自分自身の努力を否定されたかのように。
驚きつつも、その言葉は今のわたしにとって胸に刺さる言葉で、わたし自身が自分の努力を認めてあげられていなかった事を思い知らされた。
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リクス(プロフ) - キュンキュンします、ありがとうございます (2023年1月28日 22時) (レス) @page19 id: 19eff5b33e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:豚汁 | 作成日時:2023年1月22日 7時