らくだい魔女短編集 〜リクエスト企画を実行します〜

あんなつ殿リクエスト　・リリカside・『ライラック』 ページ6

リリカバージョン


　『君、名前は？』

　『…リリカ。』




　それが、貴方と話した初めての会話だった。

　優しくて、甘くて…耳に残った声。


　初めて恋をした瞬間だった。







　毎朝、彼を起こしに部屋へ向かった。

　『お兄さまっ！朝よ！』

　『ん…？おはよう。』

　眠たそうにあくびする顔も、寝ぐせのついた頭も、筋が見えた首元も。

　私しか知らなくていい。


　美味しいクッキーが焼けた時も一番に彼に見せに行った。

　『クッキーがいつもより上手に焼けたのよっ！お兄さま、食べてみてっ！』

　『リリカが作ったのかい？すごく美味しそう。』

　優しく微笑む表情も、そっと私の頭を撫でてくれる大きな手も。

　私しか知らなくていい。


　毎晩、彼の元に行って寄り添って、彼の話す楽しい世界を聞きに行った。

　『ここにはないものがたくさんあるんだよ。』

　『へぇ〜、リリカもそれ見てみたいなぁ。』

　木陰で話した小さな約束も、彼の本当の優しさも。

　私しか知らなくていい。






　何もかも全部、私しか、私だけが知っていれば。


　誰も彼を好きになることなんて、ましてや彼が私以外を眼中に入れるなんてない。









　そんな変な考えが間違っていた。






　いたんだね、お兄さまにも『気になる子』。


　私だけが知っているはずのあの笑顔も、あの優しさも。


　全部、あの子は知っていた。






　私だけのものなのに。私しか知らなくていいのに。






　…ついには彼もあの子のことしか話さなくなっていた。





　私はそんな話聞きたくない。


　彼と私だけが入る、あの特別な世界のお話だけが聞きたかっただけなのに。









　―――――だけど。


　視界に入っただけで揺れる心。

　すれ違うたびに疼く指先。

　叫び出したいほどに…私は貴方を愛してしまった。








　仕方ないからお兄さま。

　…私を好きでいてなんて言いません。ずっと隣に居てなんて言いません。

　その代わり、時間をください。

　もう少し愛させて。好きでいさせて。もっと隣で私を見て感じて。

　…貴方があの子を本気になる、その日まで。




　「お兄さまー…。」

　いつものように部屋へ向かう。

　彼はスヤスヤ夢の中。

　ベットに腰かけてそっとお兄さまの胸に顔を埋めた。

　「…大好きよ。」


　…涙が流れたのは、私しか知らない。









　紫色。私の好きな色。

　その色のライラックの花言葉は『初恋』。

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