◆125:資料室で ページ5
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「どれですか？」
自分から話し掛けたり、関わるべきではないって頭の中で分かりながらも、資料室で出会った彼女につい声を掛けてしまった。
失敗した、と後悔しても、声を掛けたからには巻き戻すことは出来ない。
営業用の資料を探しに、何列か並んだ棚の合間を歩いていたら、ふと見えた人影。
つま先立ちをして、一番上の棚に必死で手を伸ばす姿を見て何となく助けてあげたくなった。という感情に深い意味はない。
相手が誰であっても多分同じように声を掛けただろう。
「え、あ…櫻井くん」
俺の問い掛けに、棚を見上げていた視線がこちらを向いた。
俺の顔を見た途端、驚いた顔でその少しつり目の大きな目を見開いた。
「俺取りますよ、どれですか？これっすか？」
「あ、うん。その右から二番目の…」
平然を崩さずに淡々と会話を続ければ、彼女もすぐに表情を戻し、いつもの凛としたクールな顔に。
僅かに彼女の身長では届かなかった資料に手を伸ばして、彼女が指差した先にあるそれを取る。
俺の身長では普通に一番上の段の資料も取れるけど、女性の場合は届かないのかもしれない高さ。
アイツだったら確実に届くはずないだろうな。なんて無意識のうちに結びつける。
そして勝手に頭の中を支配されるんだ、今日もまた。
いくら苛立っていたとしても、いくら避けたとしても、四六時中考えないときはない。
飲み会でのことを許したくないくせ、キス一つで許しを提示した俺のバカさ。飢え過ぎ。
触れたいのに自分で制限をかけてる。
じゃあ何でわざわざストレスを増加させるように俺はアイツを避けてるのかって問題だ。
自分の取っている行動の合理性がなく、非合理なことに気付かされた。
この前の大野の言葉がやけに胸を突く。素直になるとはどういうことかって。
大野の言葉を真摯に受け止めるとするならば、素直になる手前、俺は自分を全否定しなければならないこと。
“プライド”という名で繕った自分を崩さなければならないんだ。
効率の悪い思考を張り巡らせ、あれこれ考えるのはいつだってアイツのことなんだよな、結局。
好きが増す度、理にかなってない思考ばかりが生まれて無駄が過ぎる。
呆れるほど好きでたまらないと思う。
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作者名：妃紀
| 作成日時：2018年9月27日 20時
