その女、私です。【灰谷竜胆】 (ページ11)

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呼び止められた声に振り向かずに土砂降りの中走って家に戻る。

冷たい雨が私の熱の全てを奪い去っていく。家の門を押し退けて小庭に出る。

無惨にもビシャビシャに濡れた洗濯物がやるせなく萎れている。

「最悪過ぎるでしょ…」

小さく文句を垂らしてすぐさま室内に持っていく。急いで洗濯機の中に詰め込んで回す。

玄関に脱ぎ捨てられた小町のシューズ。多分疲れてそのまま寝てしまったのだろう。

ぽたぽたと滴る雫を拭きながら綺麗に洗われたお皿とお弁当箱を見つけた。

「私がやるのに」

受験で忙しいはずなのに私に負担をかけたくないなんて言って手伝ってくれる。

嬉しい反面少し寂しい。何をするにも私の支えが必要だった小町が何でも1人でできるようになって行くのは姉として少し寂しい。

「っ、くしゅん」

ぶるっと、身震いをしてしまうほど体の芯まで冷えきっている。

このままでは風邪をひいてしまう。脱衣所に向かおうとした時タイミングよく湯船が沸いた音が鳴った。

雨と自分の汗でベタベタになった体に執拗に引っ付く衣服を脱いで浴室に入る。

「さむ…」

冬とは違った嫌な寒さがする。表面じゃなくて雨が皮膚を通って体の芯の奥まで熱を奪っていくような感覚。

温いシャワーが冷たい体をじわじわと温めていく。

これで風邪を引いたら馬鹿みたい。夏風邪は嫌い。外気も暑いのに自分の体も暑苦しくてしんどい。

湯船なんて久しぶりかも。なんだか、眠たくなってきた。ここで寝るのは命の危機がありすぎる。

重い体を起こそうとした時にふっと、意識がシャットダウンした。

「お姉ちゃん！！！」

「うわぁ？！」

小町の大きな声が浴室に反響してよりボリュームを増していた。

ぐわんぐわんと揺れる視界に小町の声が耳の中で木霊している。腕に、体に力が入らない。

「お姉ちゃんのバカ！！お風呂で寝ちゃダメじゃんか！！」

大きな瞳に綺麗な水面を浮かべている。溢れてしまわないように堪えている姿が申し訳なくなった。

「ごめんね、ちょっと疲れてたみたい」

「肩貸すから捕まって」

いつから小町の体はこんなに成長したのだろうか。私がいなければ何も出来なかったはずなのに。

ふらつく視界と覚束無い足取り。こんな姿、姉失格だ。日頃の疲れと彼への事でいっぱいになってキャパオーバーしたのだろう。

こんなことになるほどに彼のことで振り回されるなんて酷いものだ。

視界にチラチラと映るのは彼の笑顔と店長のウザったらしい笑顔だった。